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映画になった『姫百合学徒隊』の小説 中編

kage

2015/08/28 (Fri)

【 ひめゆりの塔は、何処まで真実なのか 】(続き)

*色つき文字を読むだけでも内容は理解できると思います。

ひめゆり2 これは、今井さんが監督をした津島恵子さん主演のひめゆりの塔のビデオのパッケージです。
(画像はすべてクリックで拡大します)


ひめゆり パッケージの裏表紙の説明文の赤囲み文字をご覧下さい。
抒情と写実の手法で大いなる悲劇を万人の胸に深く刻み込まんとした最高傑作と宣伝しています。
もっと解り易く書けば、胸が締め付けられるような切なさを超えた深い感動とありのままに近い表現をするようなやり方で、大きな悲劇をもの凄く多くの人達の心に深く刻みこもうとした最高傑作作品
 
 自ら、万人(もの凄く多くの人達)に胸が締め付けられるような切なさを超えた深い感動を刻み込ませる手法(自作の方法)を使って脚色をしたと言っています。


 もともとこの作品は、具志の収容所で二人の娘(信子、貞子)さんを姫百合学徒として亡くした金城和信さんが、1946年4月5日に慰霊塔を建てた事を聞いた三瓶達司さんが書き上げた『姫百合の塔』が、石野径一郎さんによって「ひめゆりの塔」として小説になりました。

 最初の手法です。
実際の呼び名の『姫百合の塔』の漢字が堅苦しく感じる為、女性特有の柔らかさをタイトルに持たせようと、ひらがな表記の『ひめゆり』としました。
だから、ひめゆり平和祈念資料館が姫百合を使わず、小説や映画のタイトル名を使っている時点で、便乗商法と言えなくもありません。

 沖縄地上戦は、1945年3月23日から6月23日までの戦闘の事を言います。
元々沖縄住民達は、この悲劇を戦争だから仕方ないと考えている人達が大半でしたが、この戦闘中に沖縄に居なかった人達によって、自分たちの視点から描く沖縄戦の記録文学を完成させなければならないという思いを強めたことで、反政府的思想が始まったようです。

 結束力の強い日本が復活する事を恐れたアメリカを始めとする戦勝国は、日本を愛する作品よりもこういった自虐的小説や反戦作品を歓迎する節もありました。

 宮永次雄さんの原案「姫百合の塔」を三瓶達司さんが一部を書き換えたフイクションを入れた『姫百合の塔』が完成します。
大体、 206名の遺影に、それぞれの死亡した時の状況が克明に記録してある事自体おかしいし、死亡した人達すべてに目撃者が居た事自体がおかしいと考えない方がおかしいのです。
全員死んだその状況を観ていた人は、一体誰なのでしょうか

この部分だけでも、小説だからこそ作者の視点で書いたことが明らかと言えるでしょう。

 更に、こういった手法も。
17、18 歳の乙女達が、お国の為に美しい情熱を散らした美談として描いている事です。
この作品を読んだり観た日本人が涙するように、兵士達に女学生達が、自分たちも連れて行って欲しいと求める理想の人間愛を描いています。

 信子、貞子という美しい姉妹の少女が、自分の布包から真新しい制服 をとり出して身につけてから、手榴弾で自決する、という乙女の純潔話にしました
爆発してみんな死んだのに、真新しかったとか自分の布包から取り出したとか、判るはずもありません

 一人ひとりの亡くなった詳細が書かれているのに、金城信子さんと貞子さん姉妹以外の苗字が出てきません。
小説には、主役以上に目立った人が居ると主役を喰ってしまうので、目立つ存在は邪魔になることがありますが・・・

 そして最大の疑問、語り手が事細かく全部を見ている事でしょう。
この一部始終を全知全能の神様がご覧になっていたので、その神様から聞いて書かれたのでしょうか

 旧日本兵捕虜収容所内でのこの物語の朗読が賞賛を浴び、生き残った彼らがこの小説物語に拍車を掛け、語り継いだのでしょう。
彼らにとって、この少女達が可憐で清純で有り、その最後が悲惨であればあるほど、その戦争に参加していた彼らに、自分たちよりも悲惨な運命の人が居るとして、共感と自分達の悲壮さを受け入れられたのでしょう。

 大体、原案者の宮永さんも作者の三瓶さんもこの場所に居なく、戦闘の無かった宮古島に居たはずです。

 後に三瓶さんは、映画と小説は違うものだと語っています。
と云う事は、映画にはフイクションが盛り込まれている事を認めていた
のでしょう。

 更に、三瓶さんのひめゆりの塔は、主人公の母親の金城ふみさんの許可無く書かれた小説なのです。
現在なら、とても有り得ません。


 次回は、映画になった『姫百合学徒隊』の小説 後編です。


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kage

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Posted at 13:53:04 2015/08/28 by

この記事へのコメント

kage

T****  さんへ

退院、復活おめでとうございます。
無理をなさらないようにしてください。

Posted at 01:42:41 2015/08/29 by るどるふくん

この記事へのコメント

kage

こんにちは

ほかのことならともかく、―-戦争しかも地上戦の沖縄の乙女たちのことをここまで脚色したとはちょっと首をひねってしまいます。
こうなるともう事実とは異なった次元で乙女たちは語られるわけで、それを当事者の(亡き人たちではありますが)乙女たちや遺族は望んでいるのだろうかと考えてしまうのです。
「神目線」
よく映画などで使われる言葉?らしいですが事実をあまり曲げては神様もあきれることでしょう。

実際の姫百合とフィクションの世界のひめゆりと分けて考えねばならないとしたらそれは何か不幸な感じさえします。

Posted at 11:23:18 2015/08/30 by 見張り員

この記事へのコメント

kage

見張り員 さんへ

 原作者や作家は売れる事を目的とし、この映画の監督や脚本家を含めた大体の方々が、元々反戦を目的として作っていたので、仕方ないと言えばそう云えるのです。
しかし、ドキュメンタリーとして作っていたならば、『事実に基づいたフイクションです』とか、『一部分に脚色した部分があります』とか、書き記す必要があったでしょう。

 ただの娯楽映画としての作品ならば良いけれど、便乗とも云える“ひめゆりの塔”の施設が出来た時に、注意を促さなかった事は非常に危険思想を日本人に植えつけているのです。

 神目線ですか。
自分達を神の使いか、人間の創造主とでも考えているのでしょうか。
それにしても、ひめゆりの塔博物館のやり方は いけません。

Posted at 02:13:50 2015/08/31 by るどるふくん

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kage


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