プレイステーション3や4の販売戦略の間違い その1

 【 家庭用ゲーム機戦争時代があった 】

Famicom.jpg ファミコンを知らない方もおられるかも知れません。
ファミリーコンピュータを遊んだ事のない方は、ゲームに興味がなかった方か1985年以降に産まれた方であるでしょうか。
それ以外で考えるならば、いろいろな事情により、このゲーム機を買う事の出来なかった方でしょうか。

 世界的に大ヒットした任天堂のこのゲーム機は、おもちゃ業界を中心に、電気業界の先行きを変えたとてつもない商品でした。
当時の社長山内溥氏は、カードゲーム(花札等)で有名であったけれど、世界的には無名であったこの会社を 世界一有名な会社にします。
約100円ほどだった一株が、僅かの間に10,000円を超え、ファミコン株長者やを生み出したり、ゲームクリエーター等と言う新語や年収1億円を超えるゲーム関係者や1本で100億を売り上げるゲームソフトを生み出す等の類をみない歴史的家庭用ゲームのブームを作りました。 


プレイステーション1 そして、世界一有名な電気会社で人気のあったソニーや日本一の家電生産販売会社ナショナル(現:Panasonic)とNEC、富士通、シャープ、東京芝浦電気(現:東芝)の電気業界やセガ、SNK、アタリ(Atari)等のアーケードゲーム業界、エポック社、バンダイ、タカラ、トミー等の玩具業界、そして機械式計算機のカシオ計算機、更には 3DO社やマイクロソフト社のような海外のコンピュータソフト会社、日本物産、学習研究社(現:学研)等の職種違いに思える会社、仕舞いにはゲームソフト会社まで巻き込んだ家庭用ゲーム機戦国時代へと突入します。 


ビルゲイツ そこで、勝ち残ったのが王者任天堂、人気ナンバーワンのソニー・コンピュータエンタテインメント(SCE)と売れ行き不振を物ともせず、資金力を武器にゲーム機造りを諦めなかったマイクロソフト社となったのでした。

 ところが、この三社にも不況の波が押し寄せます。
それは、経済の先行き不安が最大の原因ではありませんでした。
携帯電話ゲームソフトの手軽さと本職だった家電製品やPCソフト関連の不振の為の会社事業の改革や役員の交代人事等で、好調事業だった家庭用ゲーム機部門を巻き込んで悪循環へ突入させて仕舞ったのです。 


 次回は、プレイステーション3や4の販売戦略の間違い その1 その2


イイネ!   

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*解説1

 『いろいろな事情により』
昭和58年(1983年)7月15日に任天堂より発売されたこの家庭用ゲーム機は、メーカー希望小売価格が当時のお金で14,800円もした。
手に入らない貴重商品として2万円前後で取引された例もあり、今のようなネットオークション時代であれば10万円位まで跳ね上がっていたかも知れない。
ゲームソフトも5千円前後しており、所得の低い人達にとっては 高嶺(高値)の花 だったのだ。

*解説2
 
 『ファミコン株長者』
当時のお金で100万円分の株を持っていた人が、僅かな期間に1億円を超える株所有者になった。

*解説3
 
 『マイクロソフト社』 
当時CEO兼会長だったビル・ゲイツ氏の資産は、韓国の国家予算よりも多いと話題になった。



世間(世間の事)評論家
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コメント

No title
 ファミコン 懐かしい~
 我が家にもありましたe-446
 後に お店に
 売りに出す事になるのですが
 まだ ファミコンのゲームが
 したい人がいるとかで
 思いの外 いい値段で
 引き取ってもらえました。

 娘も ダンナも
 テレビゲームをしてたので
 あと スーパーファミコン
 プレイステーション
 セガサターンなんかもありました。

 おかげで 当時は
 テレビは占領されてることが
 多かったです… (〃 ̄ω ̄〃ゞ
みけ さんへ
 いつもコメント、ありがとうございます。
ちょうど良いタイミングで、売られたのですね。

 最近は、ゲームをやる家庭が少なくなった来ているようですね。
スマホなどのアプリで充分と言う方が多いようです。

 私は、ゲーム用にテレビを買っていました。
3台のテレビに6台のゲーム機を繋いで遊んでいたのに、今は、殆どやっていません。

 ご家族そろって仲睦まじい姿が浮かぶようです。(●゚σд゚)ウラヤマシィ

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