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「憲法」と「憲法典」をちゃんと理解していない人達と、平和と男女平等と差別を都合のいい解釈している人達へ(20)

kage

2014/08/16 (Sat)

 【 集団的自衛権、「憲法」と「憲法典」 】  

 集団的自衛権問題によって、憲法論議が高まっています。
集団的自衛権は 安保条約を結んでいる国同志に対してやらなければならない義務でもあります。
断る事は 安保解消になると考えて下さい。

 しかし、軍隊を持たない国は この集団的自衛権を行使出来るのかといった問題があるのです。
そもそも自衛隊とは 自分の国を守る組織であって、自国が脅威にさらされない限り他国へ攻め入ったり、自国に対して戦意を示していない国に攻撃する事が、あっては成らない筈です。

 世界において日本は とても特異な国に思われていることでしょう。
軍隊を組織すれば、いとも簡単に解決する事です。
しかし、憲法9条がある為、それもままなりません。
“国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は 国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。”
そこで、解釈論が出てくるのです。
“国際紛争を解決する手段としてはの“は”が大問題なわけです。
国際紛争でなければ 武力行使がいいと成っています。
と言う事は 直接戦争に関係している事以外なら、仲の良い国として支援出来るとも解釈出来ます。
要するに、戦争で困っている国を助けているだけの行為なのです。

 安倍さん達は 憲法改正をするべきとして、その改正の条件を変えようと画策しました。
しかし、与党の公明党の反対によって、それが実現不可能となると、その解釈論を持ち出したのです。
強気の態度を貫くなら、公明党と手を切ってでも憲法改正に行くべきでした。
またしても腰砕けの自民党を露呈させたのです。
ただ、この解釈論は 憲法典に認められていることなので、おかしい事ではありません。

 憲法には、成文憲法と不文憲法があります。
簡単に言えば 文章として記されているかどうかですね。
だから、日本国憲法も憲法典も成文憲法になるのです。
もちろん、イギリスのように不文憲法を採用している国もあります。
そして憲法は 憲法典の解釈の基に作られていると思って下さい。

 憲法典の中に 時代背景が変化したり、細かい事まで書けない部分や新しい決まりが必要な時は その時の判断に従うと言う条項があります。
それを正とするなら、その時々の政府の判断に委ねるとも取れることに成る訳です。
と言う事は、安倍総理の解釈は おかしいとは言えないのです。

 だから、時の政府によって判断がコロコロ変わってしまう第9条なのです。

 日本人の意見が分かれているのならば、憲法を変えるしかない筈です。
こんな中途半端な条項は 替えなければならないでしよう。
ところが、安倍総理の解釈がおかしいと思う人こそ、憲法改正に賛成して国民の真意を問うべき条項なのですが、反対をする反戦主義者が多いのは 不思議な行動です。
反戦と平和をうたいながら国民を先導し、自分達の生き残りだけを考えている共産主義者や理想主義者が多い現実。

 このことに関しては、次回記事で触れる予定です。


 次回は 「憲法」と「憲法典」をちゃんと理解していない人達と、平和と男女平等と差別を都合のいい解釈している人達へ(21)です





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この記事へのコメント

kage

こんばんはー☆
いつも興味深く(最近は特に)読ませていただいて居ります。
憲法典の解釈は文言が抽象的であるだけにとても解釈の幅が出易いですね。特に憲法9条はです。
時代背景を無視して字面を素直に読んで大声で「9条改正反対!」と言っている人達をよく見ます。
頭悪すぎだと思います。

人権思想についてもそうですね。
明治憲法のように「国民の義務」とか責任を記載して行った方が誤解が無かったかと思います。
基本的人権の項目が抽象的すぎて「権利」の文言が並び過ぎ、「権利主張」は「当然」と思っている頭の悪い人が多いように思います。

Posted at 23:11:45 2014/08/16 by ペチュニア

この記事へのコメント

kage

ペチュニア さんへ

 今回も、コメント頂きありがとうございます。
ペチュニアさんのところへ訪問して、驚きました。
ブログの記事で特攻隊の事に触れられていましたね。
ペチュニアさんの想いが読み手の心の芯に問いかける記事でした。

 イベントなどで長崎や広島の原爆記念館などに行く学校は 数多くありますが、
特攻平和会館などの施設に生徒を連れて行く学校は まれです。
例えば、鹿児島県内の学校ですら、知覧特攻平和会館に行くよりも広島や長崎の原爆の資料館に行く学校が多い現状です。
まず、戦争の悲惨さを植えつける為の偏見教育の一環の 最たるものだと考えます。

 意見を言う事と、権利を主張する事を一緒くたにしている人達が多くなって来ている様に感じますね。
9条問題の条文が、戦争を放棄しているとの勘違いをしている事が、最大の過ちです。
この条文は、“戦争を武力によって仕掛けない”と解釈しなければならないのかも知れません。

Posted at 00:57:14 2014/08/17 by るどるふくん

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kage


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