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カテゴリ:知らぬは恥、気づかぬも恥か・・・ の記事リスト(エントリー順)

ファンが押し寄せて来た!

kage

2015/12/20 (Sun)

 【日本一のホコ天】

 都営新宿線森下町駅を降りて、清澄通りを門前仲町の方に向かって歩いていくと、日本一時間の長くて距離の短い歩行者天国がありました。
今では、その歩行者天国を高橋のらくろード(高橋商店街)と呼ぶようになっています。
 
 私が住んでいた頃のこの街は、よく賑わっていました。
将棋を打てる碁会所のようなところもある、何とも江戸風味を残した街です。
しかし、この近くにある森下町の端には、外国で云うスラムのような場所の名残がある街でもありました。
そして、何かと大事件や大事故の現場に、偶然にも居合わせてしまう私でしたが、この街でも遭遇してしまいます。

 その前に、他愛もないホコ天(歩行者天国)でのエピソードを。

 【代々木歩行者天国】

 代々木公園の横の大きな道路が歩行者天国になると、家族連れやアベック(カップル)中心の場所であったこの公園も、若者中心の場所に変化して行きます。
昼日中(ひるひなか)から公園で寄り添って寝そべったり、過激にいちゃつく様は、まるで解放された異国の場所に来たようでした。
特に十代だった私にとっては、目のやり場に困るような場所になります。

 しばらくすると、ジョギング族やラジコン族が現れ、広い敷地を占拠するようになりました。
しかし、半年もすると、大道芸や楽器を奏でる者や集団でダンスの練習をする者などが現われてきます。

 【原宿、歩行者天国】

 十代 歩行者天国になって久々に原宿駅で降りると、何かのお祭りでもあるのかと言わんばかりの人出になっていたのでした。
大道芸などのパフォーマンスを観たいと言う先輩とやって来た代々木公園に近い原宿駅でのひしめくような人の多さに、歩行者天国もここまで浸透したのかと驚きます。

 私たち二人が、混雑を避けるようにスクランブル交差点を公園入口に向かって歩いていると、前方より女子中高生二十人くらいの集団が、カメラ片手に奇声を挙げながら突進して来たのです。 

 【女子中高生のファンが押し寄せて来た】

沖田浩之 普段、私たち二人の時は、六本木や新宿だけの繁華街だけでなく、住んでいた地元の会社や茶店や街中でもOLや女学生達に声を掛けらた事が何回もあったので、それほど驚くこともなく立ち止まり、彼女たちに対応しようとしました。

 彼女たちは「キャーキャー」叫びながら、私達を取り囲みます。
よく見れば、「なんだ、なんだ」と言いながらも『やれやれ』といった表情をしている私達の顔を見る子は少なく、私たちは、私達のすぐ後ろの何かに彼女たちが集まっている事を理解しました。

 私たちが振り向くと、彼女たちは、2メートルほど後ろにいた奇抜なファッションの小柄な男の子に媚びていたのです。
何とも恥ずかしい態度を取ろうとしていた私達でした。
普通ならば考える間でもなく、女子中高生の集団が突然奇声を上げながら一般人に近づくハズもない事くらい気付くハズなのです。
あぁ~ぁ、勘違い。

 小柄で竹の子族のヒーローであったその男の子の顔は、印象的でした。
そしてその子は、金八先生へテレビドラマ出演し、歌手デビューしたのです。 

 (///∇///)


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柳橋の美人と美少女

kage

2016/01/06 (Wed)


 【 笑顔のかわいい女の子は・・・】

 もう、むかしむかしの事になってしまいました。
墨田区から中央区と台東区を跨ぐ(またぐ)ように架かっている両国橋を渡ると、左側が中央区で右側が台東区。
この両国橋を渡った隅田川沿いの右手側の台東区の最初の場所が、昭和初期までは新宿神楽坂と並ぶほど有名な料亭芸者街柳橋です。
幼少の頃、人力車に父と乗ったことが一度だけありましたが、東京で最初に人夫(車夫)の引く人力車を観たのは、この街でした。

 車に乗って、両国橋を渡って柳橋に行く一番の近道は、一旦、中央区東日本橋に出てぐるっと回って両国橋通り(靖国通り)を横切る必要があります。
今は幾分改善されているこの道も、当時は信号が短く、たった三百メートル程を通過するのに、信号が3,4回変わってしまうのは普通の事でした。

 1984年のまだ暖かな頃だったでしようか。
両国橋を渡って東日本橋に入ると、柳橋手前の神田川沿いに、日傘をさした立ち姿のとても美しい着物姿の小柄な女性が目に入ります。
私の視線を感じたのでしようか、彼女は日傘をずらし、私に視線を送りました。
・・・私には、送ったように見えたのです。
やはり、視線が合ってしまいました。

 見た目40歳前後でしようか。
立ち姿だけでなく面(めん)もきれいで、見つめる眼(まなこ)も男の人を虜にするような感じの人です。
私と目線の合った彼女は、軽く会釈をし微笑みました。

 『あれ、どこかで会った人だ』
『誰だろう、思い出せない・・・』
『・・・・・』
『忘れたは失礼だから、このまま立ち去ろう』

 立ち去るそぶりをして、頭を下げてから柳橋に目をやると、高校生くらいの女の子が橋の欄干(らんかん)から、先程の女の人を見ております。
その女の子は、彼女の視線の先にいる私に気付いたのでしょうか。
たまたまの偶然でしようか。
私に視線を送りました。

 女の子の視線と私の視線が合います。
「見つめあう二人」みたいな状況でした。
その時の私は、彼女と1メートルもない近場(ちかば)にいたのです。
そう、目と鼻の先でした。

 物凄い美人でもないのに、とても色白の顔で微笑みかけるその口元を観た途端、ドキッとする感じを生まれて初めて経験します。
これを、〝魅力溢れる”と表現するのかも知れません。

 先程の女の人と親子なのでしようか。
彼女たちは、全く似てはいませんでした。
しかし、今までに会ったことのないような上品な育ち方をしている感じの二人が、偶然居合わせる事などあるとは思えません。

 『ん、彼女にも見覚えが・・・』
『この子にも、どこかで会っている』
『どこだろう・・・』
そう思った瞬間、声をかけてしまいます。

 「こんにちは」
彼女も
「こんにちは」
『あっ、やっぱり知り合いだ』

 その瞬間でした。
数人の男達が彼女に近寄り、その場所から移動させたのです。
・・・・・・・・・。

 どうも、やっちゃったみたいなのです。
それは、何も知らずに映画のワンシーンの撮影現場に自然に入り込んでしまった人間がいたからかも知れません。

 それは…私なのか・・・。


 この映画は、公開とともに大ヒットします。

その映画とは・・・。     

あの着物姿の美人と女の子とは・・・  

 原田知世さんと松尾嘉代さん、そして、その映画は『天国に一番近い島』でした。



 もちろん、その映画のこの場面に私は映っていませんでした。

(///∇///)







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大ヒット歌手は、何度もポーズをとった

kage

2016/01/13 (Wed)

 【 流石に恥ずかしかったのか・・・ 】

 前回記事の原田知世さんと松尾嘉代さんとの一件より、数年前の話を。
その人は、大ヒット歌手といっても、遠い昔の話になってしまいます。
ポラロイド
 暖かく、半そで中心の季節の頃でした。
私の新しい物好きは今も変わっていませんが、この年に使いやすさの向上したポラロイドカメラが発売されるとすぐに購入しました。
今では考えられない高価なものでしたが、それでも2万円はしなかったと思います。 


 早速、ポラロイドで撮影しに、鎌倉の鶴岡八幡宮に出かけます。
一パック十枚入り1,000円以上するフイルムを3パック程持って出陣。
鎌倉に着くと、名所ごとに記念撮影。
大仏前でパチリ、パチリ。

 目的地鶴岡八幡宮着くと、入口前でパチリ。
社務所前でパチリ。
本殿(本宮)へ。

鶴岡八幡宮舞殿 本殿に向かう参道の正面に見えた舞殿から、マイクロホンの声がしてきました。
どこかで、聞いた喋り口です。

 舞殿に着くと、本殿側の舞殿の何かを見上げるように、五,六十の人達が群がっていました。
そこへ、壇上から見当たすように、着物姿の中年婦人が登場します。

 現われた彼女は、昭和時代にありながら、レコードを200万枚以上売った超有名歌手でした。
そして、その名曲を歌い出したのです。


一番目の歌詞を歌い終わると、観客の拍手喝さいが起こります。
それに答えるように、彼女は観客に向かて手を振り、愛想を振りまきました。

 私とも目が会います。
手を振ると、笑顔で手を振り返してくれました。

 気付きます。
彼女を撮影していない事を。
有名歌手を撮影するチャンスとばかりに、彼女に向かってポラロイドカメラのレンズを向けました。
気付いてくれたのでしよう。
なんと、彼女は、私のカメラに向かってポーズをとってくれたのです。
他の観客を無視するように私の方に向かって、満面の笑顔で幾つものポーズを、ずっと取ってくれたのでした。

 ところが・・・。


 次回は、『彼女に恥をかかしちゃったのか、私がかいたのか』です。

(///∇///)

 彼女は、昭和の浪花節歌謡の草分け的存在。
二葉百合子さん。









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この大物歌手の行動は、嘲り(あざけり)か気遣いか・・・。

kage

2016/01/20 (Wed)

 【 彼女に恥をかかしちゃったのか、私がかいたのか 】

 曲が流れ、彼女が登場すると、拍手が起こります。
彼女は、そこに集まっていた五十人前後の観客に向かって一礼すると、さっきよりも大きな拍手になりました。

 曲に合わせて、彼女は歌い出します。
それは、テレビやラジオで馴染みのある曲でした。

 左手をやや挙げ、正面を見ています。
母は来ました~ 今日も来た~
右を見て、
この岸壁に~ 今日も来た~
私の方を見ました。

 正面から左に顔を向けて行きます。
届かぬ~願いと 知りながら~
もしやもしやに もしやもしやに 
ひかぁさ~れ~て~

ここで、観客の拍手。

 拍手が起きると同時に右を見ました。
私が、ポラロイドカメラを身構えた丁度その瞬間を、目撃したようです。
感動のセリフ前なのに、私に向かって(カメラに向かってかも?)笑顔をしてくれたのでした。
そして、セリフを言っている数秒間、私の方を見続けています。 

 シャッターを押しました。
『あれっ』
押されません。
何度も押します。
全く反応しません。

 彼女も気付いたようでした。
ちょっと疑問そうな顔をしながら、正面に目をやり、徐々に右側の観客の方に視線を移して行きます。

 セリフが終わると、彼女は私の方に視線を投げ掛けました。
その時、カメラのフイルム出口を調べていた私でしたが、彼女が送ってくれた視線に気づいた私は、再び彼女にカメラを向けてシャッターを押します。
なんと彼女は、二番を歌いながら、初めて見る決めポーズをしてくれたのでした。

 やはり、シャッターが押せません。
この時の私は、カメラに向かって何回もポーズを取ってくれている彼女に恥をかかしてしまってはいけないと、何枚も撮影しているそぶりをしてしまいます。

 彼女は、最後のセリフが始まるまで私の方を見ていました。
彼女のその不可解な視線と見たことのないようなポーズに気付いた観客たちが、私に目をやり始めます。
それらの人達に釣られた(つられた)他の観客達までが、私を見始めたのでした。

 その観客の動きに気付いたのでしよう。
最後のセリフが始まると、体を右に向けて右側上に視線を移し、更に左手を広げ右斜め上に挙げたのです。
私を見ていた観客たちは、彼女の視線と手の先の方に、一斉に向いたのでした。
そして彼女は、歌が終わり舞台から捌ける(はける)まで私の方を見ることは無かったのです。

 しかし、最後の最後に私の方に視線をやった彼女の口元は、ニコッと微笑んだように見えたのでした。

 ポラロイドカメラは、シャッターを押せば本体前から印画紙が出て来ます。
どんなに撮影しているフリをしようが、前から印画紙が出てこなければ撮影していないのは確かなのでした。
彼女は、そのことを承知でポーズを取ってくれたのでしょうか。
『なんだこいつは』と思ったのでしようか。
トラブって焦っている私の方に視線が行かないように、観客たちの注意をそらしてくれたのでしようか。
それとも・・・。

(///∇///) 


 次回は、『あっ、僕の大好きな・・・・・だ』です。





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あっ、私の大好きなあの人だ!

kage

2016/01/28 (Thu)

 【 世間の方々も、一度は経験されているかも知れません・・・ 】

雷門 私の住んでいた場所は錦糸町へ自転車で15分くらい、浅草は車なら15分ちょっとで、自転車でも30分位で行ける処でした。
だから、休日を過ごすときの一番の繁華街は、錦糸町と浅草だったのです。
まぁ、それなりに遊ぶには困らない場所でもあったのです。

 その日も、友人と浅草に遊びに来ていました。
雷門浅草寺を参詣(さんけい)し、ぶらぶらと寿司屋通りから、当時は高級ホテルであった浅草国際劇場跡地に出来て間もない浅草ビューホテルを見学し、プラプラと国際通りを散策。
すると、目の前にガタイの良い体と大きな太ももをした女性の二人組が現われます。 


 体を鍛えていた私は、自慢の太ももの太さが60cmちょっとありましたが、目の前に現れた彼女たちは肥満体系ではないのでした。
まさしく鍛えた大柄の体の女性だったのです。 
『闘ったら、負けちゃうかも・・・』
ゆっくり歩いている彼女たちを、抜きたかったのに抜けない私がいました。
どんな厳つい(いかつい)顔の女性なのか確かめたい衝動に駆られます。
姑息にも、彼女たちが雷門の方へ左折すると、私たちは雷門通りの信号を直進し、反対車線から彼女たちの顔を確かめる作戦に出ました。

 反対側の歩道を見ると、彼女たちは、数人の女子中学生達に囲まれています。
立ち止まっている彼女たちを抜き去る瞬間に観えた顔は、見覚えのある有名人に見えました。
解散してしまっていたビューテーペアのジャッキーさんに似ています。
なら、髪の長い方はマキさんか?。

 確かめようと、もう少し前に移動しようと前に歩き始めた瞬間でした。
前方十メートル、私の一番のお気に入りであった女性三味線漫才コンビの一人を目撃。
五十代後半くらいの中年紳士と、楽しそうに会話しながら向かってきます。

 じっと見つめる私に、彼女が気付いたようでした。
紳士の話を聞きながら、ちらちらと私に目をやります。
それに気づいた友人が、私に尋ねました。
「誰、あのおばさん?」 
「知っている人?」
漫才に興味のない友人は、彼女のことを知りませんでした。

 彼女の連れの紳士は、話に夢中のようで、彼女が私達を見ていることに全く気付く様子はありません。
目力の強い私だったからでしょか、たびたび目をそらします。
友人に教えるように、
「僕の大好きなあの漫才師だ」
と、ちょっと大きな声を出してしまいました。
その瞬間、恥じらう乙女のように顔を赤らめうつむいたのです。
そして、彼女と私が目を合わせたまますれ違う瞬間が来ました。

 次回は、クールポコ じゃないけれど、「やっちまったなぁ~」です。

・゚・(ノ´Д`)<ヤッチャッター!!!  


 果たして、なにをやっちまったのでしょうか?
気になる方は、
   http://blog.with2.net/link.php?1510890  で




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え~っと、誰だったけ、・・・あっ、思い出した

kage

2016/02/03 (Wed)

 【 とんだ失礼を・・・ 】

 度忘れすることって、ありますよね。
特に、人の名前を。
忘れてしまったからと言って、人に迷惑をかけたりしなければ、別に問題はありません。
しかし、本人を目の前にして間違うことはいけませんね。
間違われた本人がどれだけ傷つくか、考えも及びません。

次回の話は 歴史的凶悪事件と・・・  です。
内海好江 前を歩いていた大柄な女性たちが、ビューティーペアの二人かどうか、顔を確認しようとしていた時だったからでしょうか。
突然前からやって来た、十数年来、私がファンになっていた有名人の登場に焦ってしまったのでしょうか。
彼女が一人で歩いていたのなら、握手やサインを求めていたかもしれません。

 ビューティーペアの二人は、今、世界的に有名になっているASUKAこと華名さんの数倍の人気を誇った女子プロレスラーでした。
そんな二人だったら、もちろん、握手を求めるでしよう。
しかし、そんなタイミングで、女性漫才師として最も好んでいた彼女が現われたのです。
優先順位が替わってしまったのかも知れません。
ところが、度忘れをしてしまったのでした。
友人の問いかけに、すぐさま答えられないどころか、名前を思い出さない不始末。  


 彼女は、私達の目前に迫った瞬間、私たちが見つめる眼差しに応えるように、ニコッと微笑んでくれたのです。
私たちの前に近づくにつれて歩みを遅くしてくれていたのでしよう。
連れの男性が、突然歩みの遅くなった彼女に、気付いたようでした。
彼女は、『何でもないわよ』と言っているような手振りをします。

 声を掛けたそうにしている素振りが判ったのでしよう。
私の顔をちらりと見て、顔を赤らめながら通り過ぎてしまいました。
その瞬間、彼女の名前を思い出します。
そして、友人に教えたのです。

 『思い出した、庄司敏江さんだ!』
思わず、大きな声を発してしまいました。

 やはり、彼女は私達を気にしていてくれたのでしよう。
私のその言葉を聞いた途端、その言葉に反応し、右肩を大げさにガクッと落とし、コケる真似をしたのです。

 それを見た私は、
『あっ、間違っちゃったんだ』
と、気付きます。

 びっくりしたのは、彼女の連れの男性でした。
本当にコケかけたと思ったのでしよう。
肩に手をやり、気遣う様を目にします。

 そして彼女は、こちらをチラ見し、うつむき加減になりながら、去っていくのでした。
絶好の遭遇のチャンスに、ファンとは呼べそうもない大失態をやらかしてしまった訳です。

ビューティーペア それだけでは、ありません。
反対側にいたはずの女子プロレスラーらしき二人も、見失ってしまいました。
はたして、ビューティーペアの二人だったのか。
確かめることは出来なかったのです。

小堺一樹 それからだいぶ経った頃、人気テレビ番組に彼女がゲストで登場しました。
残念ながら、今年3月一杯で終わってしまう小堺一樹さんのお昼の番組です。
この番組の中で、彼女の話したエピソード。
それは、まさしく、私と彼女が出会ったあの浅草での出来事そのものでした。
全く同じ経験を他でしていない限り、この出来事であるに間違いはないでしよう。

 そして、この番組に出演したほんの数年後に、天の国へと彼女は召されてしまったのです。 



 さて、次回の有名人は・・・。

有名人とのエピソードは、しばらく後に・・・。
そして次回は、事件や事故との遭遇話を。
浅草橋襲撃同時多発テロ事件や、蔵前橋交差点首なし事故、四ツ目通り夢の中のおじさん登場事故等、大きな出来事に遭遇してしまっている私ですが、これらよりも更に大きな事件に遭遇した話を。

 さて、次回の遭遇話は、
  歴史的凶悪事件と…した事です。




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運命に操られる事を経験する

kage

2016/02/10 (Wed)

【 それが起こった年 】

 それは、1981年6月17日水曜日の事でした。
記憶が正しければ、浜町までだった都営新宿線が、森下、菊川、住吉、大島まで開通した年だったと覚えています。
この界隈は開通イベント盛りだくさんで、特に賑わっていた年でした。

 【 スターがいなくなるとスターを獲得する巨人軍の不思議 】

  BASEBALL KING ニュース
原辰徳入団 その少し前に、東海大学から原辰徳さんが巨人軍に入団した話題が世間の中心だった年でもあります。
今では考えられないほどの人気を誇っていたプロ野球でした。
その中で最も人気のあった伝統の巨人軍に彼が入団したのです。

 巨人軍史上最大の看板スター長嶋茂雄選手が引退すると、日本の高校野球やプロ野球史上最も人気スターとなった定岡正二さんを獲得します。
そして、V9戦士で阪神の江夏豊投手と共に人気と実力ナンバーワンを争っていた堀内 恒夫投手が衰え始めた年、当時の日本の高校と大学野球の記録を次々と塗り替え、ドラフトの規則の盲点を突いた空白の一日でも有名な江川卓さんを獲得。
トップクラスの実力の持ち主篠塚三塁手がいるのに、彼より人気が見込める原辰徳さんを獲得すると宣言する巨人軍。
またもや、ドラフトで一番くじを引いてしまう幸運の巨人軍。
江川ドラフト問題より神がかり的な不思議な力で、人気者たちを次々と入団に成功させる巨人軍。

 長島監督退任の後の藤田監督に、前代未聞の引退による助監督というポストを充てられた王貞治選手の指揮官としての采配も注目を浴びていた年に、王選手に代わる人気者と期待の原辰徳さんの入団です。
プロ野球に興味のない人以外にとっては、これが話題の中心だった年でした。 


  【 何が起こったのか 】

 いつものように、お昼になると先輩と外食をする私です。
その頃は、食事に行く処がほぼ決まっていて、そのいくつかの店をローテーションしている毎日になっていました。
大体が、ステーキレストラン、ハンバーグ専門店、そして洋食屋、寿司屋、二か所の蕎麦屋、二か所の洋食屋、お好み焼き屋、ラーメン屋、魚料理の定食屋、あとは出前でたまに居酒屋。

 13日の土曜の昼は『長寿庵』から出前を取り、夜は、歌舞伎町の『くまもとラーメン』を食べに。
日曜は蕎麦屋に、夜はハンバーグ専門店に。
月曜日に洋食屋『煉瓦亭』に、その夜はポークソテーを食しに人形町『キラク』へ。
火曜日は昼間に寿司屋『多喜』へ、夜はもう一つの洋食屋さんに。
食後は、純喫茶『オアシス』か『珈琲館』か団子喫茶『伊勢屋』へ。

 いつもは、11時50分になると食事に出発します。
そして、問題の水曜日。
11時を過ぎたあたりで、先輩に食事に行こうと誘われたのでした。
急にラーメンが食べたくなったと言い出したのです。
開店時間の遅いラーメン屋も11時になれば店も開くので、混まない今のうちに行こうと。

 この近辺には中華料理専門店を除けば、ラーメン屋は2つ。
しかし、一番近くのラーメン屋は、まだ開いていませんでした。
仕方なく、10分近く歩いたところにあるラーメン屋に行くことに。
そのラーメン屋の店構えは古びていて、客足も多いように見えません。
考えてみれば、この店の前は何百回も通っているのに、一度も入ったことが無かったのです。

 つい、先輩に言ってしました。
「なんか、美味くなさそうだけれど・・・」
すると、
「そうか、そうだな。」
「お好み焼きにしようか」
急遽、広島風お好み焼き『どんどん亭』にすることに。

 店が、開いていません。
丁度現われた顔馴染みの店長が、11時半まで待ってくださいと。
「また、今度寄らせて頂きます」
結局、隣りのもう一つの蕎麦屋『京金』へ。

 この10分余りの一連の行動が、我々二人の運命を救ったのかも知れない事を、ほんの一時間後に知ることになりました。


 次回は、運命のいたずら。

 さて、この事件のあった町の名前は何でしょう。
森下でした。





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ラーメンをソバにして凶悪事件から難を逃れた

kage

2016/02/17 (Wed)

 【 それが起こった年の出来事 】

 1981年は、日本にとって宿命的大殺界の年だったのかも知れません。
それが証拠とばかりに、日本では類を見ない大事件や大事故が数多く起こった年とも言えます。

 いくつか挙げてみましよう。
皆さんは、どれだけ覚えていらっしゃるでしようか。
ピンクレディー(ペッパー警部)
・昭和で最も人気のあった国民的アイドルコンビ、ピンク・レディーが解散しました。
・国内でおよそ100年ぶりに新種の鳥発見ヤンバルクイナ
・日本人の死因のトップが、脳卒中からガンへ。
・『ウーロン茶』が世間に認知され、〝なめネコ”や〝ノーパン喫茶”が世間を席巻。
・元俳優のロナルド・レーガン氏が第40代米大統領に就任した年でもあります。
・日本にとって初の、マザー・テレサ来日もありました。
・当時、一番の大物作家であった向田邦子さんが飛行機事故で亡くなられました。
この飛行機には、野口英世を超えるとも言われた世界的に有名な日本人医師も、乗っておられたと記憶しております。
・日本の炭鉱完全閉鎖へ拍車をかけた、北炭夕張新炭鉱ガス突出事故
・東京地裁、小佐野賢治記憶にありません"に有罪判決。
・ロッキード事件丸紅ルート公判で榎本三恵子さんの証言、(蜂の一刺し
・世界一安全だったはずの日本初の偽造キャッシュカードによる現金引き出し事件
・日本人初のノーベル化学賞受賞、福井謙一さん。
・三和銀行大阪茨木支店行員伊藤素子の1億3000万円詐取事件。
・オランダ人女性留学生殺害容疑で佐川一政逮捕(パリ人肉事件)。
・ロサンゼルスで三浦和義氏の妻が撃たれた事件(ロス疑惑
 そして、私たちがニアミスした深川通り魔無*別殺人事件でした。


森下2 結局ラーメンを止め、ソバにした私たちは、注文して10分ほど待つとソバが来ます。
店の入り口上に設置されたテレビを観ておりました。
この年は、ビートたけしやB&Bが一世を風靡した年でもあります。
だから、テレビの番組はお笑い中心で、テレビに映し出されたのは漫才番組。
お昼近くになっても増えないお客の数は、時間的に早かったからだと認識していたので、僅か10分そこそこの時間で入口の先が一大事になっているなどとは、知る由もありませんでした。

 「ソバじゃ、物足りなかったな。」
「洋食にすればよかったですね。」
この蕎麦屋から道路を挟んだ正面が、私の行きつけの洋食屋だったのです。
ラーメンを止めてお好み焼きにしようとした為、こちら側に来たのでした。  

 外が騒がしい。
救急車の音。
『事故か。』
パトカーの音。
消防車の音。
『火事か。』
ヘリコプタ―の音。
大きな拡声器の音。
入口に映し出される多くの人影。
『事件か』

 突然、テレビの画面が切り替わり、映し出された場所に見覚えが・・・。
なんと、我々の食事している店の上空だったのです。

 次回は、〝蕎麦屋から出てみたら” です。


 さて、 この事件の時の犯人の年齢を御存じだったでしようか。
  29歳 でした





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蕎麦(ソバ)屋から出たら 、そこは刑事ドラマの事件現場のようだった

kage

2016/02/24 (Wed)

【 ここまでの経緯(いきさつ) 】

 お昼をまわると、都会の食事処が混むのは当たり前。
特にラーメン屋が混むことは、百も承知。

 何故か「ラーメンが食べたくなった」という先輩に連れられて、いつもより50分も早く食事に行く羽目に。
〝早く食べてしまうと、夕方には腹がすいてしまう”と思いつつも、ラーメン屋に向かう二人。
目的のラーメン屋着くと、11:30開店で、入口はまだ閉まったまま。
待つには時間が有り過ぎ。

 それではと、向かった先のラーメン屋は一度も入ったことのない店。
〝*来”と店の名が書かれたテントシートは薄汚れ、陳列ケースも食欲を抑える古めかしさ。
思わず言っていまう私。
「なんか、美味くなさそうだけれど・・・」
この言葉に反応したのか、停車場でバスを待つ一人の女性が、こちらに振り向いて店を凝視。

 〝仕方ない”と、ラーメンを諦め、お好み焼きにしようと先輩は言うけれど、〝お好み焼きじゃ腹は膨れぬ”と、心でつぶやく私。
ラーメン屋にケチをつけた手前、スゴスゴとお好み焼き屋に付いて行く事に。

ところが、ラッキーにも、店の主に11時半過ぎまで開けないと言われ、お好み焼きも諦め、隣りの蕎麦屋に入ったのでした。
蕎麦では、腹持ちが悪いのでカツ丼を注文。

 カツ丼を食べながらテレビを観ていると、突然画面に流れてきたテロップは、〝江東区深川に立てこもり事件発生”の文字です。

 外が騒がしい。
救急車の音、パトカーの音、消防車の音。
ヘリコプタ―の音、大きな拡声器の音。
入口に映し出される多くの人影。


【 ドアの外は、瞬間移動してやって来たテレビや映画の中の世界に思えた 】

 ビックリでした。
いきなり切り替わった画面に写し出された映像は、我々の食事している店の上空だったのです。
ざわめく店内。

 食事が終わったのは、それから10分近く経った12時10分頃。
入り口のドアを開けて、もっとびっくり。
普段は閑散とした場所が、人気スポットのような人だかりになっていたのです。

深川事件 驚く間もなく、次々とやってくる人たちを追いやるように数人の警官が全ての道路を封鎖しました。
新大橋通りと清澄通りの交差点の真ん中が、あっという間に三十メートル四方の空き地に早変わりです。

 すると、そこへ三台の灰色の護送車が到着。
メットに盾と棒をもった人間が次々と降りて来ました。
機動隊か。
あれよあれよという間に、百人くらいが周りを取り囲みます。
警察官を合わせれば、二百人近くはいたでしようか。
まるで、そこは刑事ドラマの事件現場のようでした。  

 事件現場へ向かう隊の後を追って、行った先にあったのは、つい50分ほど前に通ったラーメン屋の前。
取り囲む警官や救急隊員の間から見えた道路に倒れている物は、何だったのでしようか。
どうも、ただの立てこもり事件ではないようでした。

 次々と到着する報道関係者たち。
あちらこちらで、実況中継をしているテレビやメディアのレーポータの声が聞こえてきます。

 そこで、初めて知りました。
子供や女性を刃物で刺し、乳母車の乳児まで突き刺したことを知るのです。
もっと驚くべきは、もしかしたら入っていたかもしれなかった先程のラーメン屋に、殺人犯が立てこもっている事でした。

 バス停のやや下手に溜まった大量の赤い液体。
もしや、刺された女性の血なのか。
先程バス待ちをしていた女性なのか。
人質になった女性が、あの女性なのか。  


 更に、更に驚いた事がありました。
それは、 〝事件の起こった時間が、私たちがその場所にいた数分後だった” という事です。
 

 
 次回は、〝どこの週刊誌もテレビもネットも、未だに誰も報道していないし、知られていない事件の真相を聞いた” です。





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余談

kage

2016/03/03 (Thu)

深川事件記事の影響か?
もしや、壊れてしまったのでしょうか~!
*こんなのが出てしまいました。

クリックで拡大します。
↓(安心してください、これは画像です)
問題が

パソコンの調子がよくありません。




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