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カテゴリ:「憲法」と「憲法典」をちゃんと理解していない人達と、平和と男女平等と差別を都合のいい解釈している人達へ の記事リスト(エントリー順)

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「憲法」と「憲法典」をちゃんと理解していない人達と、平和と男女平等と差別を都合のいい解釈している人達へ(1)

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2014/07/28 (Mon)

 【 側室と妾 】

 体の弱かった私は 兄と全く逆で 家の敷地から外で遊ぶ事があまりありませんでした。
祖父の父は 家老伊勢氏の末裔でしたが、明治維新の法律により 婚外子とされ、跡を継ぐ事は 出来なくなります。
要するに側室の子だったのです。
男子継承の慣習が終わりを告げ、例え士族の子であろうが 妾の子となったのでした。

伊勢家跡 そして、伊勢の名を継ぐ事の出来なくなった彼は 結婚相手の女性の姓を名乗ることになります。
しかし、側室と違い妾と言う言葉は 風当たりが強く 彼女の親からも結婚を反対され、駆け落ち同然の生活をする事になったのでした。
彼女は 結構有名な商人の娘であったため、貧乏な生活の割には 高価な桐ダンスや三味線、尺八、琴等の習い事の品物とか高価な着物も持っていたようです。

 一方、彼の方は 彼の父親の形見として伊勢家代々の刀や鎧兜(甲冑)を持ってきていました。
私が小学生の低学年の頃まで、これらの物は 刀を除いて家に飾られていた記憶があります。

 そんな父を持つ祖父は 貧乏とは無縁の金持ちの娘と結婚することになりました。
私の祖母の家も金持ちだったのです。
それが、第一次大戦の徴兵と言う大きな出来事によって 一気に貧乏人となり、小作農家となってしまうことに。
彼は 農家の傍ら、家に欲しい家具などを 自分で作るようになります。

 五人の子供達にも恵まれ、安定しかけた矢先に 太平洋戦争が勃発。
戦況が悪化すると二人の男の子供達は 次々志願して戦争に参加して行きました。
そして、長男は 一人で降りる事の出来ない人間魚雷に乗り込み、海の藻屑(もくず)と消えていきます。


 次回は 「憲法」と「憲法典」をちゃんと理解していない人達と、平和と男女平等と差別を都合のいい解釈している人達へ(2)です。

 このシリーズに対するコメントは コメントをしてくれた方々への誹謗中傷を避ける為、承認制にしました。



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2014/07/29 (Tue)

 【 人間魚雷 】

 長男が魚雷によって死んでいった後、家に手紙が届きます。
日本国の為に命を捨てて戦った 長男が軍曹に特進したと言う知らせと、長男が家族への想いや先立つ親不孝の許しを請う内容の手紙と写真でした。

 数年後、沖縄に日本軍が上陸する頃 三男で末っ子の私の父は 年が替わり数えの16歳(満15歳の時)に成った為、少年特攻隊へと志願します。
世の中に男の子達が少なくなると、嫁にいける女の子達は 当然少なくなると考えた祖父は 戦時中にも拘らず、私の祖母に言って 残された娘二人に 琴、三味線、日本舞踊や、着物の着付けを教えます。
百姓の子供と言えど、女性の嗜みと言う物は 身に着けておいて損することが無いと判断したのでしょうか。

 アメリカ軍が沖縄に上陸した頃、次男が帰ってきました。
ぎこちない歩きをしている姿を良く観ると、片方の脚に包帯をしています。
と言うより、太ももの中間辺りから下が ありませんでした。
それは マシンガンで打たれた足が膿み、切断するしかなかった結果だったそうです。
片足を無くすことによって、前線の戦闘から解放され、生きて帰って来たのでした。

 一方、大地主の長女として産まれた私の母は 高等女学校に入学していましたが、タイミング悪く戦中と成った為、授業の殆どが、赤鬼(アメリカ兵)が攻めてきた時の対策として 竹やり、なぎなた、護身術、そして避難の仕方が中心で、勉強は 殆ど出来ていない状態だったそうです。

 本土への攻撃が始まり、敗戦が濃厚になってくると、父の特攻の日が早まりました。
「貴様達は 二週間後に突撃する。」と言われ、身の回りの整理と遺書を書く用意を始めます。
丁度その時、父は 誕生日の関係で同期で入った者達が 特攻隊として出撃するのを見送っていました。
人間魚雷
 乗り込み口は 非常に小さく 身長170センチくらいが限界かもしれません。
昔の人達は 小さい方が多かったことを物語っています。



 次回は 「憲法」と「憲法典」をちゃんと理解していない人達と、平和と男女平等と差別を都合のいい解釈している人達へ(3)です。


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2014/07/30 (Wed)

 【 アメリカ兵の評判 】

フアットマン 特攻隊は 出撃の日が決まったからといって、その日に 特攻する訳ではありません。
出発する場所へ移動すると言う事です。
敵に場所が特定されると 簡単に壊滅させられる為、出撃場所は 幾つもあり、秘密に行われたようでした。

 出撃の日が 近づいてきます。
しかし、その日になっても、号令を聞く事は ありませんでした。
長崎、広島に原爆が落とされ、日本が負けたと言う知らせが入ります。
出撃の日を待っていた少年達は 日本が負けるまで、その状況は 知らされず、日夜訓練に励んでいたのでした。
後もう少し日本が 頑張っていたら、私の父も今の私も この世に存在していなかったかも知れません。


 日本が負けたことによって 大勢の人達は 赤鬼に喰われてしまうとか、女は手篭めにされてしまうとか、子供は 売り飛ばされてしまうとか 噂が広まります。
それは、特攻隊などの日本人の行為が 今で言う自爆テロ行為として尋常じゃないと恐れられていた為か、日本人の死体を並べ戦車でひき潰す行為を観たものが大勢いたと聞きました。
中には、日本人の死体を切り刻み 自慢げに写真に収める者もいたようです。

 そういったことから、日本人は 特にアメリカ軍に対して恐れおののいていたようですが、実際に訪れた兵隊達は 以外にも好意的で、特に子供達は 彼らが来ると大喜びし、後を連なっていく姿が 良く観られました。

 沖縄は 占領されてしまいましたが、これらの事からも、南九州の人達は B29などの攻撃により多大な打撃を被ったにも拘らず、アメリカに好意的な人達が多かったのでした。
座卓
 家に帰った父が見たものは 近所の人達に評判になっていた祖父の家具です。
物の無い時代、祖父の家具は 人気があり、大工さん達がそのノミやカンナ裁きに魅了されいたと聞きました。

 実際、私が幼少の頃、祖父にカンナの指導を受けている職人さんを見ていて、祖父の仕事は職人達に技を教える職業の人だと勘違いをします。
しかし、金の無い人たちにタダで座卓などの家具を作ってやったり、無料で職人に指導をしていた為、生活は 苦しく、家の百姓仕事は 私の両親にまかせっきりでした。



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2014/07/31 (Thu)

 【 男尊女卑 】

 母は、大地主の家から 小作農家の家へ嫁いで来ました。
終戦直後の数年は 結婚適齢期の男一人に、トラック1台分の独身の女がいたと言われた時代です。
例え大金持ちの娘でも、結婚出来ただけで 喜ばれた時代でした。

竹やり訓練 お嬢様として産まれた母も、少女時代は 竹やり訓練や護身術、大人になれば お嬢様から貧百姓の家へ。
まさに、青春を謳歌することなく 結婚生活に入ります。
男尊女卑の強かった南九州は お嬢様にとっての苦労が 並大抵でなかったようです。
特に、私の家は 貧乏な小作農家であったにも拘らず、祖父は もともとの士族の家柄からの教育を受けており、祖母は祖母で 代々お金持ちの商人の娘であった為、今は貧乏でも 仕来たり(しきたり)というものに対して 厳しいものがありました。
  本文の人物と写真の人物は 
  まったく関係ありません

竹やり訓練2 ただでさえ朝の早い農家にあって、誰よりも早く起き、朝食やその他もろもろの準備をします。
そして、ご飯は 一番最後に食べ、保温釜のないこの時代 冷や飯や冷めた味噌汁は 当たり前でした。
夕方になると、農作業を早めに切り上げ、風呂の残り水で体を拭き、着替えて買い物に出かけ、帰るや否や夕飯の準備をしながら、風呂掃除をして薪で風呂を沸かします。
お風呂に入るのも、順番が決まっていて、祖父、父、長男そして他の子供達、祖母、そして 最後に母が入る頃は いつも午前様になっていました。
それでも翌朝の五時過ぎには 起きていなければなりません。
この繰り返しの日々が続きます。
私は、祖父母が亡くなるまで、母が床についている所を 見たことがありませんでした。
病気になる暇も無かったようです。


 地元では 祖父も、父もかなりの有名人だったので、来客も多かったのでした。
来客があると、母は 仕事をしなくて良い為か、私が 唯一動き回っていない姿の母を目撃する事が出来たのが この時だけだったのです。


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2014/08/01 (Fri)

 【 人生相談・選挙 】

 長男は 戦死した為、次男が後を継ぐはずでした。
ひょっとしたら、母方の両親は 家に入らないでいいことが前提の結婚と考え、娘を送り出したのかもしれません。
ところが次男は 戦争によって片脚を失くしていた為、農家を継ぐことを諦め独立します。
否応なく(いやおうなく)、末っ子の父が家を継ぐことになりました。

 小作農家と言えど、農地を持っていなかっただけなので 田舎の土地とは言え、2000坪近い土地を所有していて、他の兄姉達に土地と建物を分け与える事になります。
母は 世間的に聞こえだけはいい、新しく本家当主となった父の嫁だったわけでした。

 祖父は 家具の事もあってか、近所だけに留まらず、町中の人達に評判が良かったのです。
父は父で、地元の事に一生懸命に尽力していました。
今で言う、ボランティアでしようか。
信望も厚かった為、三十代の半ばにして民生委員なります。

 体の弱かった私は 外に遊びに行く事をせず、ずっと家にいました。
ふすま一枚の仕切りであった為、父の元へ相談に来る人と父の声が よく聞こえてきていましたが、税金や生活保護とかと言った相談ばかりだったので、ほぼ聞き流して本などを読んでいました。

選挙 私は 気が付けば大人の相談事に 耳を傾けている時間が多くなってきます。
父の人生相談の評判がすこぶるよく、管轄外の人達からの人生相談も来るようになってきていました。
しかも、政治家を目指し始めた父は、地主の秘書兼相談役のようになり、いつしか選挙参謀を務めるほどになっていたのです。
そして、地主さんは 2期連続で町長になったのでした。
その為、百姓仕事は 母が一人でやる事が多くなり、いつも眠そうな顔をしている母を 何度も目撃する事になります。

 次の町長選挙のときの対抗馬が、私の名付け親であり、何かあると助けてくれたり、お小遣いを貰っていた地元でも有名なお金持ちの実業家さんでした。
彼は、父や祖父の信望と名声と父の選挙対策の手腕があれば 受かると思ったのでしょう。
父に、協力を依頼します。
すると、町長は 父に後2期勤めた後の町長に 父を推薦する事を確約し、父は 私の名付け親の誘いを断りました。
そして、町長は 再選を果たします。

 更に父は この時、地元出身の県議会議員の相談役と、この選挙区の衆議院議員の選挙対策委員も努めていました。


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2014/08/02 (Sat)


 【 田中角栄に惚れた男 】

 ちょうど 大阪万博が開催された頃だったと思いますが、私の家の前に 黒色の大きな車が止まりました。
中から三人の男の人達が出てきます。
そのうちの一人は 一升瓶が二つ結んであるお酒を持参していました。
それがいつものように政治関係の人であることは 直ぐに判り、そしていつものように ふすま一枚隔てた隣の部屋に入り、聞き耳を立てます。

二階堂進 このときの私は ほんの小さな子供でしたが、父親の所へやって来る人生相談者や政治関係者の話がとても新鮮で、大人の世界の真実が垣間見えているようで よく聞き耳を立てていたのでした。
いつもの人達なら、長話をして酒瓶は 置いていくのですが、その人達は 十分も話さないうちに 酒瓶を持って帰って行きます。 
いつもの人達と違い、別世界の人のように感じた私は 「今のは だれ?」と なんとなく父に聞いてしまいました。


 一年も経たない頃、その人をテレビのニュースで観る事に成ります。
びっくりした私は 一緒に観ていた父に 「あの時に来た人だよね」と訊ねました。
すると父は、「よく覚えていたなぁ、二階堂進さんと言う人だ。」
「一緒に来ていた人は 山中さんという人なんだよ。」
そしてもう一人の酒瓶を持っていた人は 秘書の方だったのです。

 彼らは、父の手腕を聞き、この辺りの票のとりまとめを依頼しに来たようでした。
父の応援している議員さんは この事を知っているのか聞いたところ、知らないことだと言われたそうです。
しかし、今応援している衆議院議員を裏切れないとして 断ったのでした。
何故、同じ党なのにそういった事をしたのか、約2年後に判る事になります。

 田中角栄内閣誕生。
彼の成して行く政略の一部を 私の父は 知っていたのでした。




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2014/08/03 (Sun)

 【 本当の沖縄返還の立役者 】

 この山中と言う人物は 佐藤栄作元総理の命を受け、沖縄返還に尽力し、一番の功績を挙げた人でした。
先に返還されていた奄美は 鹿児島県に復活します。
ところが、沖縄の県民は 日本人が思うほど復帰を望んでいた人が多いわけでは ありませんでした。

 特に、沖縄の主席、副主席のような存在の人達です。
鹿児島県の一地域になってしまい、権力の低下と アメリカの支配化の下に出来上がりつつあった琉球国の崩壊を意味すると考える人達が 大勢いました。
それと、アメリカの一部であった為、沖縄に移り住んで沖縄人となっていたアメリカの人達の処遇とか、これら幾つもの問題を解決した人です。
当然、鹿児島県の一地域になると思っていた鹿児島の人達への説得、県として独立した後の始末を、沖縄復帰後も大臣として尽力する事に。
しかし、国政ばかりに力を入れすぎた為か、地元への貢献度は低く いつも当落線上にいた政治家でした。

田中角栄 田中角栄さんは 岸信介内閣から池田内閣や佐藤内閣などで大臣を務めます。
佐藤内閣の時は 私の後は君が総理だと言われますが、それを良く思わぬ勢力を抑える為にも 佐藤さんは もう一回総理を続ける事にしました。
しかし、彼は 次期総理に福田赳夫さんを推薦したのです。
怒り心頭、田中さんは 派閥を分裂させ、田中派が結成されました。
佐藤派の中で、山中さんなどのような功績を 彼一人の手柄とする手法に嫌気をさす議員達を中心に、田中派に次々移籍します。
その中に、二階堂さん、山中さんもいたのです。

 そして、田中内閣の誕生。
二階堂さん達が私の家に来た時に少し話していかれた事を、この内閣は 実行に移し始めました。
その内容とは・・・・、次回にて。


山中さんの顔が写っています。
国土保全と地域間格差を考える議員

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2014/08/04 (Mon)

 【 角栄の戦略と策略 】  

 二階堂さん達が 父にを説得する時に使った言葉。
 “日本”、“一番”、“最優先”、“やらなければならない”、“領土問題”、“重要な人物”
大物政治家が、こんなキーワードを並べたら 普通の人は 「はい」と 思わず言ってしまうかも知れません。

 「日本が、これから一番優先してやらなければならない事、それは 領土問題です。」
「沖縄の次は 北方領土、その為には 彼が議員でなければならない。」
要するに、山中さんは 日本にとってもっとも必要な人物なのだと 言う事です。

 当時、二つの大国によって世界が冷戦と呼ばれる時代に 突入していました。
その中にあって、経済が困窮していた中国だけは ソ連寄りの姿勢を保ちながらも 資本主義国との国交回復を模索していたのです。
田中さんが 総理になると 中国に急接近しました。
これには 世界中から批判が集中する事になります。
世界の批判の中、中国は 核実験を強行し、アメリカやソ連に対抗する第3勢力になろうとしていることが 明白だったからです。

 この件の日本に対し、批判的態度を取っていたアメリカは 世界中を出し抜く策略で キッシンジャー長官が中国要人と会談し、いとも簡単に中華人民共和国を認めてしまうのです。
「先を越された」、この情報を聞いた田中さんは こう呟きました。
考えていたことは アメリカも同じと悟った田中さんは 事を急ぎます。
中国と国交を回復するのは 一番でなければならないのです。
例え相手がアメリカでも、二番では いけなかったのでした。

 日本の世論や各国の大反対をよそに、毛沢東や周恩来と歴史的会談によって国交を回復、それまで日本に対して 好意的であった台湾との国交を断絶します。
しかし、彼は 更に切れ者でした。
いとも簡単に 台湾と国交断裂すことによって、中国の信頼を勝ち取りますが、貿易等は 今まで通りとしたのです。
これによって 日本の国民や産業界と台湾への配慮がなされ、不満分子達が沈静化しました。
ソ連打倒の為、中国を引き込みたかったアメリカは 逆に台湾こそ 中国より大事な国と宣言します。
北方領土返還の為に、中国は 重要な役割を果たしてくれる筈でした。

 最大の敵を倒すには 例え敵であろうがみんなに嫌われていようが仲良くすること、一時的にでも味方に引き込む事。
歴史上、どんな人物もこなしてきた戦略です。
例えば、韓国を一番の敵とみなすなら、北朝鮮と仲良くする事。
拉致被害者を帰してもらう最大の策は 北朝鮮と仲良くする事なのです。
決して経済制裁では ありません。
経済制裁の行き着く先が 戦争になってしまう事は 歴史が教えています。

 「愚人は 理想を語り、偉人は 歴史を語ります。」
「間違いを起こしやすい者は 理論から入り、事を成す者は 経験から入ります。」
「愚か者は 今から学び、偉人は 歴史から学びます。」
「愚か者は 僅かな経験から学び、偉人は 歴史の事実から学びます。」

 前記事の“ちょっと芸能裏話”にも書いているように 物事は 順風満帆であるように見えても、しがらみや策略に満ちています。
ましてや、政治の世界の外交は もっと凄い世界であることは 間違いありません。

 理想主義者やマスコミに操られていく日本人の結果を・・・次回にて。

 
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2014/08/05 (Tue)

 【 前首相をいとも簡単に逮捕する日本 】   

 田中さんは 中国と国交が回復すると、即座に北方問題に切り込んで行きます。
丁度、日本漁船の拿捕問題も起きた為に、国民の関心も高まって来ていました。
中国との関係回復を目の当たりにしたソ連のブレジネフは 中国同様、経済的に困窮し始めていた為、資本主義の中で日本を組易しと思ったのか、仲良くしたいと考えるようになります。
強引とも言える日本漁船拿捕も、ソ連の平和条約を有利な条件に運ぶ為の策略だったようでした。
この時彼は、いよいよ 山中さんを防衛長官に据えます。
それは まさしく、田中さんのストーリー通りに 事が運んで行っている事を物語っていました。

 この時点でのアメリカやイギリス、フランスは 日本の田中首相が これ以上力をつけることを警戒しています。
ニクソンショックによるアメリカの力の混乱の合間を縫う形で台頭する日本を快く思っていないのは 確かだったのでした。

 田中さんの策略は 意外なところから頓挫して行きます。
台湾のプライドを傷つけさせない為に、国交断絶を日本から言うのでなく台湾から発言させました。
このことにより、日本と台湾の関係は 崩れる事が無かったにも拘らず、何も策略など知らない右派も左派同様批判し、マスコミも煽った(あおった)為、共産党を大躍進させてしまいます。

 追い討ちをかける様に、金大中事件が起こりました。
朴政権の側近による金暗殺計画だったと言われています。
韓国左派で、北よりの考えを持つ彼は 朴政権にとって大変な危険分子でしたが、日本贔屓の朴さんの要請を受け韓国に全てを任せます。
そして、収監されました。
これが裏目となり、反日本であると言う事も解らぬ日本の大勢の人達は、金さんの釈放運動にいとも簡単に署名してしまうのです。
この金さんの釈放が、日本に反日感情を再燃させ、その後のいろいろな軋轢(あつれき)を生んでしまいました。

 そして、ロッキード事件が起こります。
現役議員で国のトップになった人を捕まえると言う事は 世界的に観ればクーデターと同じ事なんですが、理想主義が蔓延し始めて来ていたこの頃の日本人達には 理解する気すらなかったのでしょう。
彼が北方領土を取り戻す為に、あらゆる手段を打って出ている事を まるっきり理解していないマスコミに先導された国民や警察が彼を逮捕した為に、未だ北方領土は 日本に返されていません。
どうしても逮捕するのなら、一番に国の事を考え、彼が政界を辞めてから逮捕するのが 当たり前だった筈です。
国の利益を無視したこの行為は 愚策な行為以外の何ものでもありませんでした。

 このことによって、中国は 日本という国を信じなくなって行きます。
アメリカ、イギリス、フランスにとっては 日本が自分の国より力を持つ事を 勝手に墓穴を掘る形で阻止出来たのでした。


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2014/08/06 (Wed)

 【 信頼する者からの裏切り 】  

 前回記事のコメントを受けて、当時の資料を調べましたけれど、角栄さんの妻ハナさんが、妾の人たちを批判した内容の記事は 全く発見する事が出来ませんでした。

          週刊文春2004年3月25日号①
          週刊文春2004年3月25日号②

 この金大中事件の時の大統領朴さんが、今の韓国大統領朴さんの父親です。
日本贔屓であった朴さんを、日本の人達は この事件をきっかけに批判や中傷を繰り返しました。
そして、朴さんの人選に不満を持つ者に彼は 殺されてしまいます。
側近に暗殺されたのでした。
今の韓国の朴槿惠大統領の行動を観ると、親子ともども日本支持派であったにも拘らず、日本人のこの行動をおかしく思い、自分の父親が殺されたのは 日本人のせいだと考えていて、復讐をしているのではないのかと思えるぐらいの嫌日行動を繰り返しているようにも見えます。

 今の朴大統領の父朴さんが、いかに日本贔屓だったか判る彼の著書から、一部転載しました。

「我が半万年の歴史は、一言で言って退嬰と粗雑と沈滞の連鎖史であった」
「(韓国社会は)姑息、怠惰、安逸、日和見主義に示される小児病的な封建社会の一つの縮図に過ぎない」
「わが民族史を考察してみると情けないというほかない」
「われわれが真に一大民族の中興を期するなら、まずどんなことがあっても、この歴史を改新しなければならない。このあらゆる悪の倉庫のようなわが歴史は、むしろ燃やして然るべきである」
       『朴正煕選集2 国家・民族・私』より



 私の父は 町長との約束を信じ、次期町長選に向け準備を始めました。
丁度その頃、県議会議員に立候補するように打診があります。
しかし、選挙と言うものは お金が掛かる代物で、貧乏な私の父にとって 立候補したら当選しない事には 借金まみれになり、家族崩壊の危機を呼び込むようなものと言う事が解っていました。
現実的に考えれば、まず当選するであろう町長選の方が 正しい選択だったのかもしれません。

 私の父が立候補するのならばと、私の名付け親は 町長選の不出馬を宣言します。
すると、町長は 私の父にもう一期やらして欲しいとして、今回も立候補すると  突然言い出したのでした。

 父の支持者達は それでも立候補すべきとけしかけますが、単独で選挙を戦えるだけのお金を持っているはずもない父は 分裂する事によって、新しい対抗馬が出てくれば、当落がぎりぎりになるかもしれないと考えます。
結局、今回は 断念してしまいました。
父でなく、現町長が出馬宣言をすると、案の定 対抗馬が現れます。

 父の出馬に期待していた人達までが、相手方に投票。
現町長は 僅差で落選してしまいました。
この結果は 父の20年間に及ぶ政治活動と、町長になるという夢を絶たれた瞬間でもあったのです。 

 
 次の記事は 慰安婦の事を。

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