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カテゴリ:ちょっと芸能裏話 (阿久悠マジック)の事 の記事リスト(エントリー順)

ちょっと芸能裏話 (阿久悠マジック その1、私の青い鳥)

kage

2014/06/11 (Wed)

【 秋元康阿久悠 】

 秋元康さんが阿久悠さんを抜き、作詞家売り上げ日本一になった事を受け、阿久悠さんと中三トリオと当時の歌手の事を少し。

 アイドルの歌から、演歌、フォーク、ロック、特撮、マンガなど、あらゆるジャンルでヒット曲を出した音楽家は 世界広しとは言え、彼だけでは ないでしょうか。

 普通の売れっ子作詞家は 自分の書きたい詩を作ってから、歌手に唄ってもらうパターンが多かった中、それを良しとせず、歌手の事を調べた上で その歌い手にあった詩を作っていたと言われています。
また、その詩を売る為に それなりの努力もしていました。

 流行り言葉も作るのが上手く、あらゆる手段で あの手この手。
流行った言葉を少し挙げると、「勝手にしゃがれ」、「UFO」、「ペッパー警部」、「アアアアアア」、「ショックー」、「ウォンテッド」、「あなたが好きなんです」、「また逢う日まで」、「がんばらなくっちゃ~」、「今夜は帰りませんあなた」、「もう どうにもとまらない」、「十七才」、「シンデレラハネムーン」、「あなたに抱かれた私は蝶になる」「ハローダーリン」、「ヘイ、ヘイ、ヘイ、ヘイ、ヘイ」、「ウルトラマン NO.6」、「宇宙戦艦ヤマト」、「クック、クック、クック」、・・・エトセトラ。

 みなさんは 幾つ思い出されたでしょうか。
当時、小・中・高生以外の方は、半分くらいしか解らないかもしれません。
また、40歳くらいから下の人は 殆ど解らないかもしれませんね。
淳子の お・ね・が・い・

 その歌の中で一番流行った「クック、クック、クック」は、彼が書いた詩とは 違い、作曲家が勝手に書き換えたものである事をご存知だったでしょうか。
彼の作品の中で、数少ないメロディが先に出来た作品でした。
彼は さびの部分を「ランラ、ランラン」としたものを 歌手兼作曲家の中村泰士さんが 阿久悠さんに内緒で書き換えたのです。

 そして、この年のこの曲「私の青い鳥」は 不思議な事に レコード売り上げベスト50位にも入っていません。
更にこの年は 過去の歌謡史上、最も実力者が多くデビューした年では なかったでしょうか。

*ここで ひとつ豆知識。
 「ようこそここへ」を 歌っている歌手は と聞いた時、“桜田淳子”と 答えた人は 51歳以上の中高年。
 “光ゲンジ”と答えた人は 50歳以下36歳以上の中年。
 分らない、もしくは 知らないと答えた方は 35歳以下の若者です。
 身近な人に聞いて試してみてください。



 ちなみに、この年デビューの歌手の曲、もしくは 新人賞対象曲で、この曲以上に売れた曲や印象深い曲を いくつか挙げてみましょう。

 コーヒーショップで(あべ静江)、草原の輝き(アグネス・チャン)、ミカンが実る頃(藍 美代子)、虹色の夢(朝加真由美)、赤い風船(浅田美代子)、赤とんぼの歌(あのねのね)、涙の太陽(安西マリア)、かくれんぼ(石川さゆり)、浮世絵の街(内田あかり)、あなたに夢中(キャンディーズ)、太陽のくちづけ(栗田ひろみ)、あなた(小坂明子)、イルカにのった少年(城みちる)、悲惨な戦い(なぎらけんいち)、絹の靴下(夏木マリ)、あなたにあげる(西川峰子)、個人授業(フィンガー5)、忍ぶ雨(藤 正樹)、今夜はオールナイトで(三浦弘&ハニー・シックス)、青い果実(山口百恵)。
そして 印象に残った歌手は 海原千里・万里、海援隊、クーコ&エンジェルス、グレープ、純アリス、杉田かおる、ダウン・タウン・ブギウギ・バンド、ニュー・サディスティック・ピンク (NSP)、左とん平、水沢アキ、南 佳孝、みなみらんぼう、ミミ (ミミ萩原)、桃井かおり・・・エトセトラ。(敬称略)

 みなさん、いかがだったでしょうか。
思い出したでしょうか。
初めて聞く名前ばかりだったでしょうか。

 しかし、これら、錚々(そうそう)たる曲や歌手を抑え、桜田淳子さんが 各賞を総なめ、そしてレコード大賞にいたっては 最優秀新人賞を獲ってしまうのです。
アグネスさんの曲の 半分も売れていないのに、不可解だと 思いませんでしたか。

 当時の私は、まったく納得がいきませんでした。
ところがそれは 阿久さん等のいろいろな作戦の賜物だったのです。

山口百恵 ビキニ
 彼は 結構わがままで、お気に入りの歌手には ジャンルを問わず、詩を提供。
気に入らないと、意地でも詩は 作りませんでした。
一番有名な話として 山口百恵さんは 一回も 詩を作ってもらう事がなかったのでした。 

 その頃初めて アイドルのファンになった私。
その人は 山口百恵さんでした。
しかし、桜田さんの次の曲 「三色すみれ」によって、阿久悠ワールドに惹き込まれて行きます。


 次回は ちょっと 三色すみれの事です。



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体重は 減ったけれど  体脂肪が 増えてる! 桜田さん?山口さん? 桜田さん?光ゲンジさん?



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ちょっと芸能裏話 (阿久悠マジック その2、三色すみれ)

kage

2014/06/14 (Sat)

【 岩崎宏美・花の中三トリオ 】

 桜田淳子さんや森昌子さん、そして山口百恵さんが 花の中三トリオと呼ばれていた時は、阿久悠さんの存在を まったく気にも留めていませんでした。

二重唱 (デュエット) 彼の詩の才能が ずば抜けていたんだと気付いたのは 岩崎宏美さんがデビュー曲の二重唱 (デュエット)から ヒット曲を連発していた時、私の好きなヒット曲の殆どが 彼の曲だったんだと 初めて気付いた時です。

天使のような女の子  彼の詩は 思春期になる女の子の切ない心情や、その事を知らない思春期前後の男の子達の興味を そそったのでした。
実際の女の子達が ここまで純情なのかは 判りません。
しかし彼は 当時の男の子達が、少女とは こうあって欲しいと思う理想を 現役の少女達を使って表現してみせたのでした。
その中の最高傑作が、彼自身もファンであった桜田淳子さんだったのです。

 彼女のデビュー前、彼女は 歌の先生から「アイドルは 上手く歌っちゃいけない」と 大きな歌声とビブラート禁止令を出されたと言われています。
スター誕生史上最高のアイドルとして 鳴り物入りでデビューした彼女の細々とした歌声は、当時の可愛い子ちゃんアイドルと同じく、可愛いだけの 下手歌手に聞こえたのでした。
それでも、エンジェルハットと共に それなりに人気がでます。


ピンクレディー(ペッパー警部) 彼は スター誕生で山口百恵さんに対し、「少女らしさがない、もうイメージが完成されている」と批判。
しかし、彼女は 合格します。
百恵さんは 彼の思い描く 男の子達の憧れ“純粋無垢な女の子”のイメージに合わない娘だったのでしょう。
同じような事を言われて 歌が上手いにもかかわらず、スター誕生を落ちた女の子二人組は 彼に指摘された未完全な可愛い娘に変身。
再挑戦で合格し、ピンクレディーとして 彼の詩でデビュー、大ヒット。

 百恵さんがデビュー。
彼女に意地でも負ける訳には いきません。
彼は 作戦に出ました。
淳子さんの物静かな可愛い清楚な女の子らのイメージを辞め、明るくて可愛い一途な女の子に。

ウルトラマンタロウ 三枚目の“私の青い鳥”の時、 彼の努力のよって、子供達に人気の“ウルトラマンタロウ”の番組の中で この曲が流れます。
歌番組等では「結婚式には いい曲だね」と言うコメントを引出させました。
それらの努力の甲斐あって『クック、クック』が 大流行。
曲は それほど売れていないのにも拘らず、新人賞を 総なめにするのです。 

 次の「花物語」で、世の中の男の子のハートは 鷲掴み(わしづかみ)されました。
彼女は どんどん、阿久悠さんの理想通りの女の子になっていくのです。
女は ぶりっ子が嫌い 
 しかし、難敵がいる事を 彼は 気付いていたのでしょうか。
それは、女の子達でした。
ぶりっ子”で有名な歌手の元祖は 松田聖子さんじゃなく、淳子さんでしょう。
ぶりっ子が 女の子は 大嫌い。
そして、次の曲「三色すみれ」で 男の子達は更に魅了され、女の子達は 更に反感を強めます。

 虜にされたのは 子供だけでなく、大物タレントも魅了されて行きました。
これだけの大物タレントを虜にした歌手は 彼女以外、今現在まで彼女だけでしょう。
芸能人として考えれば 吉永小百合さん以来でしょうか。
長谷川一夫、タモリ、赤塚不二夫、山城新伍、萩本欽一、坂上二郎、藤村俊二・・・エトセトラ。(敬称略)
未だに あまり類を見ない、大物達の芸能人ファンクラブがあったほどです。

 女の子達の「そんな女の子は いないよ」と 男の子の「理想の女の子」。
彼女が人気者になればなるほど、彼女への 女の子の反感が増え、支持派は 減って行くのでした。
そして彼女は まじめがゆえ、女子目線を気にし過ぎ、悩み、宗教へと嵌って行ったとも 言われています。


*ここで 豆知識
  みなさんも 知らないうちに、阿久悠さんの言葉のマジックに引っ掛かっていませんか。
 “三色すみれ”の読み方、どう言っていますか。
 三色すみれを “さんしょくすみれ”と思っている人は 65歳以下。
 “さんしきすみれ”と判っている人は 66歳以上、もしくは 花の名前に詳しい人。
 “さんしょくすみれ”は 阿久さんが 詩の語呂(ごろ)を意識して作った淳子さんの歌用の呼び名です。
  今では 当たり前のように 辞書にも “さんしょくすみれ”で 載るようになりました。
  (間違いも、大多数が使えば 正しいことにしてしまう、日本人的感覚によるものと言われています。)
 “さんしょくすみれ”と思っていた方は すっかり、阿久悠ワールドに 嵌っていたのかも知れませんね。

 次回は 桜田淳子の事です


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次回予告は 未定の為、載せませんでした  阿久さんは 天才ですね 阿久さんが百恵さんに 詩を提供しなかった理由が判ったでしょうか 43歳以上限定記事のように なってしまいました!





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ちょっと芸能裏話 (阿久悠マジック その3、桜田淳子)

kage

2014/06/18 (Wed)

【 スター誕生 】

 1937年2月7日 の田舎生まれの彼は、父親が警察官と言う事もあってか、思う存分はしゃぐ事の出来ない子だったようです。
戦争で兄を亡くし、帝国主義から、民主主義に変わった時のジレンマを「昨日良かった事が、今日からは悪い事に。
昨日までは怒られたことが、今日からは褒められる世の中になった」と、話しています。

 彼は、「野球と映画と流行歌を、僕は 大人になってから、民主主義の三色旗と呼んだ」と 著書に書いていました。
この三色旗(さんしょくき)を “三色すみれ”の読み方に繋なげ、世間に知らしめたかったのでしょう。
そして、世間は 彼の思うツボのように そう認識するのです。

 彼は トーク番組で 阿久悠というペンネームにした経緯を 聞かれました。
普通、本名の深田公之(ひろゆき)を もじったり、憧れの名を付けたりするのですが、彼の場合は 違います。
友達にアクが強いとか、悪友と言われたり、英語で星座を「あなたは みずがめ座?」“アクエリアス ユウー”と聞かれたりとか、「ACT YOU?」等の事から、“阿久悠”を付けるのが 運命と思っていた感もありました。

  「また逢う日まで」、「朝まで待てない」、「白い蝶のサンバ」、「さらば涙と言おう」、「さよならをもう一度」、「こまっちゃうな」、「あの鐘を鳴らすのはあなた」、「先生」、「ピンポンパン体操」等で、すでに 大作詞家になっていた彼を ときめかした 運命の女の子が現れたのです。

 1972年(昭和47年)7月19日、当時中学2年生(14歳)の時に日本テレビの人気オーディション番組『スター誕生!』の秋田予選会場に現れた少女に 心を奪われてしまいました。
それも、二十歳も年下の 中学生に。
(今だったら、ロリコ*の 変人扱いかも)

 苦い少年時代を過ごした彼は 真剣に、女の子に恋心を抱いた青春時代が無かったのでしょう。
これが、彼の初恋だったのかも知れません。(後の著書にもこの出会いの衝撃を書いています。)

 淳子に心ときめいた



 一方、彼が、「君は 人気歌手(主役)になれない、ドラマの妹役ならなれる」と批評した山口百恵さんが 活躍するたびに、彼は 彼女の前に立ち塞がって行くのでした。


 次回は、百恵に負けてはならない理由の事です。



 * なつかしの番組 
 山口百恵さんがブレイクする前、夢の共演と言われた、森昌子さんと桜田淳子さんが出ています。
 後には 共演しまくりますけれど。

     TVドラマ「てんつくてん」最終回オープニング (音声のみ)




 *余談
 みなさんは 癒されていますか?
犬猫ブログが上位を独占しているランキング、世の中の人達が癒されたがっているのが 分る気がしますね。

 そういう私も、この世知辛い(せちがらい)中、癒しを求めています。
写真ブログは もちろん、癒されました。
しかし、今、犬猫ブログに一番癒されているのです。
どんな可愛い犬猫なんだ?ですか。
ん~、生きていないんです。
かと言って、死んでもいないんですが。

とりあえず、覗いてみませんか。
なぜか、見ているだけで 癒されています。

       すもものどーる日和
       ちりめん猫のハンドメイド日和      




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次回は 百恵さんの事を少し  阿久さんも人の子 阿久さんが百恵さんに惹かれてしまいます 43歳以下の人興味無いかも





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ちょっと芸能裏話 (阿久悠マジック その4、百恵に負けてはならない理由)

kage

2014/06/21 (Sat)

【 ホリプロ三人娘森田健作 】

 前回予告の(阿久悠マジック、天地真理と淳子と百恵に石川さゆり)は 次回に持越しする事を お詫びいたします。


 当時、新人歌手を売り出す為の宣伝費は500~1,000万円と言われています。
あの 桜田淳子さんや森昌子さんでも3,000万円位だと言われていました。

 南沙織さんの後に続くアイドルのいなかったCBSソニーは どうしても山口百恵さんを トップアイドルにする必要があり、例外的に1億円の予算を計上したと言われます。
それは、桜田淳子さんより、売れてもらう必要があったからでした。

   三人娘を 売り出す為に作った映画
  (和田アキ子・森昌子石川さゆり山口百恵

ホリプロ3人娘 山口百恵さんデビュー 森昌子さん、石川さゆりさん、山口百恵さんを 三人娘として売り出したかったホリプロダクションと思惑が一致。
「大きなソニー、大きな新人」とソニーが売り出せば、ホリプロも「ホリプロ三人娘のひとり」として 売り出します。

 そう考えると、もし桜田さんが ホリプロダクションに入っていたら、山口百恵さんの成功も、石川さゆりさんの現在も 無かったかもしれません。 
 
 何故、桜田さんより、売れてもらう必要があったのでしょうか。
当初、ホリプロは 桜田淳子さんの獲得に ほぼ成功していたのでした。
スター誕生史上最高の25社のし烈な競争を勝ち抜き、桜田淳子さんの両親と本人の了解まで得て 契約寸前まで行きます。
最高の金の卵の彼女が加入する事で、ホリプロダクションは 当時の最高峰“渡辺プロダクション”を超え、名実ともに 歌謡事務所のトップの座に君臨する願いが成就する筈でした。

 西郷輝彦さんの相澤秀禎マネージャー(後のサンミュージック社長)は 業務成績不振と素行不良が原因で会社を退社する時、西郷さんを引き抜き、彼と共に芸能事務所“龍美プロ”を立ち上げました。
会社をサンミュージックに改名後、森田健作さんの売り出しに成功します。
しかし、彼に続くスターのいなかったサンミュージックは  どんな事をしても、次のスターが欲しかったのでした。

 そこで目を付けた 桜田淳子さんの獲得に乗り出すも、ホリプロダクションに 先を越されてしまいます。
他のプロダクションが 彼女の獲得を諦める中、彼は 阿久悠さんをはじめ、スター誕生の関係者を説得するのでした。
「ひとつの大きな会社が スターを独占するのは おかしい。」
すでに、ホリプロは 森昌子さんや大勢の売れっ子の歌手をスター誕生から獲得していたのです。

 当時のプロ野球界で 一人勝ちだった巨人軍のように、金のあるところだけが更に潤うのは おかしい、混戦こそが人気の秘密、一強では 歌謡界の為に良くないと。
森田健作です

 結局、阿久悠さんや、スター誕生の関係者の説得をすることになります。
相澤さんの力説に、彼らは 納得し、相澤さんと一緒に桜田さん一家を 説得に行くのでした。
結局、桜田さん本人や彼女の家族が折れ、サンミュージックが 彼女の獲得に成功します。
ホリプロに行くと思っていた 多くのファンやマスコミを納得させる為、桜田さんに「大好きな 森田さんの事務所に行く事に決めました。」と言わせたと言われています。
 
 この事により、サンミュージックは 名声得て、更に彼女に影響された松田聖子さんをはじめ、トップスターを 次々と輩出する事務所になって行くのでした。
そして、阿久悠さんは 桜田さんを “最高のトップスターにしなければならない理由”が ここに出来ていたのです。
スター誕生優勝の瞬間 デビュー前の14歳の少女をめぐって、芸能界の裏側は 大激震していたのでした。
あの手この手の争奪戦が展開されていた事を 世間の方々は 殆ど知る由もなかったでしょう。
そして40年以上の間、これだけのオーラを纏った(まとった)スターの卵は 未だ現れていないのが現実なのです。

 残念なのは “本人がその事を ちゃんと自覚していなかったのでは”と言う事でしょうか。

 
  百恵と淳子、萩本欽一が「誕生!」の瞬間を初激白


 次回は 天地真理と淳子の事です。


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次回は 百恵さんの事を少し  石川さんの事も 阿久さんが百恵さんに惹かれてしまいます 楽しんで頂けてるでしょうか





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ちょっと芸能裏話 (阿久悠マジック その5、天地真理と淳子)

kage

2014/06/25 (Wed)

【 桜田淳子天地真理 】

 桜田淳子さんは スター誕生の秋田の予選会場で 阿久悠さんに「音痴でなければ、全てが合格ライン以上」の言葉を残されたにも拘らず、彼亡き後2008年に放送された「阿久悠物語」で、阿久悠役の田辺誠一さんが、「歌は下手だけど、それ以外は 全てが合格」とドラマの中で発言しました。

 このことによって、桜田淳子さんは “歌が下手だった”と言う印象を世の中の人に与えてしまったようです。
この後、いろいろな掲示板やブログなどで、彼女は 歌が下手でと、本当に彼女の歌が下手と決め付けた書き込みが目立つようになりました。

 スター誕生は 本来、歌の上手い人の中からスター性のある新人を探す番組です。
まず、歌が上手い事が前提だったのですが、桜田さんを見て驚き、「歌が上手くなくても普通なら」と表現。
普通の歌手並みは あったということなのでした。

スター誕生は 他のスター発掘番組と違い、森昌子さんや、岩崎宏美さん、伊藤咲子さんのような歌の上手い歌手(彼女達は 特に上手い)を見つける番組だったのに、桜田さんの魅力によって、「歌の上手さは 並で良い」と言ったのを 宗教に邁進(まいしん)した彼女を良く思わない人の策略であるような番組作りは おかしい事と考えるべきです。
“この物語は 阿久さんがいない事を良い事に、かなり脚色されていた為か、エンディングロールの後に“一部フィクション”とクレジットが流されます。”

 桜田さんの動画は 次々削除され、昨年同期の頃より半分以下になってしまいました。
貴重な動画になりつつあります、お楽しみください。
 桜田淳子・花物語

 *数年前の大河ドラマ『竜馬伝』で、彼の行った事(おこなったこと)でもないことが 幾つも、彼が成した事に脚色されていました。
テロップで、“事実とは 異なる事がある”と毎回、流しているにも拘らず 世間では 歴史事実と違う、“竜馬が大活躍した明治維新”になりつつあるのは 如何なものでしょうか。

 後に、桜田さんの歌唱力の高さを褒める方々が 多く現れた事によって、そのことは ある程度証明されているのですが。
このことは、日本中を席巻した 天地真理さんの“歌下手疑惑”の事と ダブって思い起こされます。
 彼女は、『ヤング720』と言う番組に出演した事がきっかけで芸能界デビュー。
その後、TBSドラマ『時間ですよ』の堺正章さんの相手役“さっちゃん”のオーディションを受けますが 落選。
しかし、審査員に参加していた森光子さんが 天地さんの魅力に惹かれ、“隣の二階の真理ちゃん”と言う、違う役どころが 急遽、出来る事になります。
当時マンガの原作王的存在の梶原一騎さんのマンガのヒロイン“天地真理”を そのまま芸名にして 大ブレイク。
日本歌謡史上、最初の国民的アイドルとなりました。

 その彼女の事を、歌が下手で歌番組は 口パク。
と ある歌手が発言した事により、それが当然の事実となり、彼女のレコードの歌声は まだアナログ時代のレコーディングだった為、“ちゃんと歌えた所を繋ぎ合わせた物だから、繋ぎ目で音がする”と噂になります。
この私も、カセットに録音された 彼女の歌の“その音”を聞き逃すまいと、耳をスピーカーに近づけ、何度も繰り返し聞いていた事を 思い出しました。

 更に、彼女が紅白に出場が決まった時は 「生番組なので、口パクだと歌とずれる時があるかもしれないから、絶対見逃せない」と 世間の週刊誌やテレビ、ラジオなどが 騒ぎ立てます。
しかし、その歌声は 透通った華麗な妖精のような歌声にも聞こえたのでした。

 考えてみれば、彼女は 国立音楽大学附属中学校に合格し卒業、そして国立音楽大学附属高等学校声楽科に合格し卒業。
音楽家になって当たり前のような略歴です。
淳子さん同様、「世間の評価なるものは いい加減なものだ」と感じるばかりでした。

 次回は、桜田淳子包囲網の始まり、裏で泣く石川さゆりの事です。

 

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次回は 百恵さんの事を中心に  淳子VS百恵&さゆり 阿久さんVS百恵さん 阿久悠VS酒井政利




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ちょっと芸能裏話 (阿久悠マジック その6、桜田淳子包囲網の始まり、裏で泣く石川さゆり)

kage

2014/06/29 (Sun)

【 三人娘・新三人娘 】

 三人娘と言われた美空ひばりさん、江利チエミさん、雪村いづみさん達が偉大だったせいか、争いごとを避ける為か、彼女達以降の三人娘は 全て三人娘の前に 冠が付いていました。

日活三人娘 スパーク3人娘、東芝三人娘など、吉永小百合さん・松原智恵子さんと和泉雅子さん達のように絶大な人気を誇った彼女達でさえ、日活三人娘と冠が付きます。

 その後、各レコード会社がマスコミを誘導する形で天地真理さんと南沙織さんや小柳ルミ子さんが三人娘と呼ばれ始めました。
ところが、美空さん達三人娘の関係者や彼女達のファンの間から 大クレームが起きます。
結局、妥協策として 美空さん達を元祖として、天地さん達が 新三人娘となったのでした。
 
 新三人娘よりも人気者となった森昌子さん、桜田淳子さん、山口百恵さんを 彼女達のファンは いつしか 三人娘と呼ぶようになります。
しかし、マスコミは 彼女達を三人娘と なかなか呼びません。
冠が付いていない事もあったのですが、事情通のファン達は 冠を付けて売り出していた ホリプロ三人娘に遠慮しての事だったと判っていました。
同じスター誕生からの出身者で、あの吉永小百合さんや天地真理さんのブロマイドの売り枚数を抜き去ったほどの人気者になって来ていた桜田淳子さんを 世の中の人達が推すのは 当然の事だったのです。
結果的に、新しい三人娘は 花の中三トリオとして、石川さゆりさんが落ちて、桜田淳子さんが受かったような組み合わせになったのでした。
このことにより、石川さんは 桜田淳子さんに強いライバル心と反感を抱く事になります。

阿久悠のプライド ここで CBSソニーとホリプロの戦略は 桜田淳子さんの排除へと向かったと思われます。
もともと、ホリプロは 釣った魚(桜田さん)を持っていかれ、演歌中心で若いアイドルに それほど興味を示していなかった業界No.1の渡辺プロを抜き去る成長戦略の最大のチャンスを逃す事になった サンミュージックへの怨みが、強くあったように思えました。

 山口百恵さんを 桜田淳子さん以上の存在にする為、あの手この手の策を打ってくるホリプロやCBSソニーに対抗し、阿久悠さんとサンミュージックも 手を打つのでした。

 次回は 桜田淳子を包囲、山口百恵売り出し計画の事です。




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天下取り物語のような
70年代をの出来事を掲載中。
人気上昇し始めました・・・
 
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次回は 百恵さんの事を中心に  淳子VS百恵代理戦争勃発 阿久さんの巻き返し 酒井政利って誰?



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ちょっと芸能裏話 (阿久悠マジック その7、桜田淳子を包囲、山口百恵売り出し計画)

kage

2014/07/03 (Thu)

【 南沙織・山口百恵 】

 南沙織さんの売り出しに大成功していたソニーレコードの酒井政利音楽プロデューサーは 山口百恵さんの売出しを手がけました。

 期待の大物新人と売り出すも、南沙織さんほどの人気の出ない百恵さんの戦略を 変えます。
その的になったのが、桜田淳子さんでした。
ここに、彼の頭の良さが伺えます。

 その頃の人気は 淳子さんと大差があるにも拘らず、彼女のライバルであると言う心理を 世の中に浸透させていくのでした。
まず、小中高生男子を虜にしてしまう“カマトトぶりっ子”の容姿と仕草に、阿久悠さんの歌詩が手伝った、“可愛いエンジェル”の淳子さんに対抗し、ミステリアスで過激な内容の歌詞を物怖じもせずに歌う少女路線に 切り替えたのです。
デビュー曲“としごろ”の歌詞とは 真逆の内容で、いつもニコニコしていた 愛想の良かった百恵さんは そこにいませんでした。

 この年、放送禁止になった(自主規制とも言われています。)、なぎら 健壱さんの“悲惨な戦い”が話題を呼びます。
それを倣った(ならった)かのように、レコードは発売しながら、テレビでも唄っているにも拘らず、何故かラジオでは “内容が過激なので自主規制します”として昼間の放送を自粛しました。
これには、世の中が大いに反応、彼女の知名度が あっという間にアップします。
さらに、淳子さんとのテレビ番組での共演も活発に行いました。

 早稲田と慶応大学が 桜田淳子さんと森昌子さんをイメージアイドルにしたため 酒井さんが東大に働きかけたおかげで、知名度では 圧倒的に出遅れていた山口百恵さんが、東大のイメージガールになれたと言う噂話もあります。
阿久さんは こういった彼女の売り方にも 疑問を呈していました。

 この頃の淳子さんは、中学生にしては演技が上手く、役者よりも上手いのではないかと評判になります。
そして、同じ事務所の映画に、脇役でも目立つ役等で 出演し始めました。
その演技力の高さは、吉永小百合さんの再来かそれ以上だとか噂になります。

 一方、百恵さんは テレビドラマに進出しました。
演技力に疑問のある彼女は ヒロインであるにも拘らず、台詞は 極端に少ないものとなります。
ここに、ホリプロや酒井さんの策略が伺えました。
それまでの人気歌手や、最近に至るまで、棒読みの台詞回しで、どれだけ失敗しているか、それならばいっそ喋らないほうがマシと 判断したのでしょう。
(この数年後人気の出る、薬師丸ひろ子さんの“野生の証明”での演技も 同じ臭いがしました。)
このテレビドラマは 共演者の宇津井さんら他の役者さんの演技力の高さも手伝ってか、子供だけでなく、大人の間でも評判となり大ヒット。
彼女の曲に対して、怪訝(けげん)な顔をしていた大人達も、彼女のファンに成って行く人が増えたのです。

 そして彼女は、次回から主役として“赤いシリーズ”と言うドラマの人気が、定着するのでした。
(エピソードとして、彼女の出演番組は いろいろなところでトラブルがあり、八千草薫さんとの確執は かなり有名で、彼女は百恵さんとこの後一回も共演する事は無く、淳子さんのドラマには心地よく出演をされたと聞きます。 )

 淳子さんの関係者は 吉永小百合さんが主演ヒットした映画を 彼女で次々リメイクして、人気を不動のものにしようとします。
しかし、それを察知したのか、百恵さんサイドは 先手を打ちました。
前年、テレビ版の“伊豆の踊り子”は一躍有名になった栗田ひろみさんで放送済みの為か、映画版“伊豆の踊り子”を 発表し、共演させた 人気アイドル俳優の三浦友和さんのファンの嫉妬絡みも含め、彼女の人気が更に上昇します。

 出し抜かれ、人気を不動の物にし始めた百恵さんに対して、淳子さんサイドの反撃が始まりました。



 次回は、山口百恵の成功、そして桜田淳子と離れる時の事です。


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次回は 阿久悠さんと百恵さんの事を中心に  中三トリオ 阿久さん、百恵さんに 阿久悠VS酒井政利



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ちょっと芸能裏話 (阿久悠マジック その8、山口百恵の成功、そして桜田淳子と離れる時)

kage

2014/07/07 (Mon)

【 桜田淳子・山口百恵 】

スプーン一杯の幸せ 桜田淳子さんの出る映画は 脇役ばかりでした。
山口百恵さんがドラマや映画で人気が出て行く中、やっと戦略の見直しをしたのか、彼女を 当時人気上昇中の作家、落合惠子さんの“スプーン一杯の幸せ”で主演をさせます。
これは それなりにヒットしますが、彼女の人気と落合さんの原作を考えればイマイチで、遅きに失した感は 否めませんでした。
ちゃんと彼女の事を 考えていたのなら、仲間内の監督でなく、まずは 一流の監督を使うべきだったのでしょう。
しかし、年間レコード売り上げ枚数やブロマイドなどの売れ行きは 山口百恵さんを遥かに上回り続けます。

 ところが、桜田淳子さんサイドのサンミュージックの戦略が 世間のファンには 全く見えて来ていませんでした。 
ビクターとの連携もイマイチであり、阿久悠さんの想いとは 違う方向に進んで行くようになります。 

 一方、山口百恵さん側は よく言えば、表裏一体であるように見えていました。
山口百恵さんサイドは 花の中三トリオの出演作品以外は 名作のリバイバル映画にしか出演させません。
ドラマも赤い迷路がヒットすると、このシリーズが終了するまで、他の作品に 彼女を出す事は しなかったのです。

 山口百恵さんサイドが 彼女の好きだった阿木 燿子さんに作詞を依頼、旦那様の宇崎竜堂さんとのコンビ曲”横須賀ストーリー”によって人気は更に急上昇、“イミテイション・ゴールド”での人気は 確実に桜田さんを上回り、“秋桜”で、中高年まで完全に取り込み、人気を不動の物にして行きました。

 サンミュージックは 人気に蔭りの出ていた森田健作さんを 追いかけすぎました。
彼の功績は 事務所にとって多大であったのを差し引いても、力の入れ具合を間違えていた事は 明らかです。
阿久悠さんやスター誕生の関係者、大物芸能人たちの評価を見れば、一目瞭然だったにも拘らず、ほおって置いても売れて行く彼女を 更に高みに連れて行かなかったのは、相澤さんの怠慢と言うべき大失敗でしょう。

 それどころか、彼は 無理と淳子さんを大人の詩で大人歌手の世界へと連れて行きました。
阿久悠さんの大人の入り口に立った女の子の心情を切実に詠った“もう戻れない”がそれなりに売れているのに、山口百恵さんの阿木・宇崎コンビの成功を真似するかのように、淳子さんの好きだった 中島みゆきさんに曲を依頼します。
デビュー以来、桜田さんを想い続けた阿久悠さんを 世間的に見れば、切ってしまったのでした。

 当時、泣き唄を書かせたら“右に出る者はいない”とまで言われていた 中島さんの曲“しあわせ芝居”、“追いかけてヨコハマ”が 大ヒットし、相澤さんの戦略は 成功したように思われます。
しかし、淳子さんのイメージとは かけ離れていた中島さんの曲は 中島さん自身も 良くは 思っていないようでした。
コンサートで彼女は 淳子さんの歌い方を物まねをして、チャチャを入れました。
彼女の指摘は正しく、阿久悠さんも同じ想いだったのでは 無いでしょうか。
 
 人気が低迷して来ていた桜田さんに 、阿久悠さんは 再び力を貸します。
しかし、阿久悠さんの曲となれば それなりには 売れましたが、次の曲は その半分も売れず、阿久悠さんは 桜田淳子さんの詩を書くことを この曲を最後に完全に辞めてしまい、彼が亡くなるまで 淳子さんに詩の提供をする事は ありませんでした。

 桜田淳子さんと離れる時が、やって来たのです。
ある意味、阿久悠さんにとっての 大失恋の瞬間だったのでした。

 後のインタビューで、桜田淳子さんの詩を作ることを辞めた事に対し、「僕は、淳子ちゃんに限らず、その歌手の今に対して、どういった詩が合っているのか、その人の魅力は どんな詩を書けば 最大限表現できるのか考えて書いています。」
「一旦書いた詩は 僕の手を離れて作曲家の先生に渡った時点で、作曲家の先生の その歌手に対する思い入れがメロディになると考えていて、僕の想いが伝わっているかは 作曲家の先生次第なんです。」
「更に、その曲が歌い手の元に渡り、その歌手の歌として世の中に出た瞬間から、もう僕の物ではなく、歌い手さんの物になっちゃうんですね。」
「だから、歌い方がどうのこうの 私がとやかく言うことは ないんです。 」

 その後、桜田さんは 彼の想いと違う方向にどんどん進ん行き、結果的に宗教に嵌り、芸能界から遠ざかってしまった彼女を残念に思っているのは確かで、悔やんでも悔やみきれない想い、光り輝く黄金の卵を サンミュージックに渡した事を悔やむような発言に 聞こえてなりませんでした。


 次回は 山口百恵さんに 図らずも詩を提供してしまった事です。




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阿久悠さんと百恵さんの事を中心に  中三トリオ阿久さん、百恵さんに惹かれる 阿久悠さんの無念



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ちょっと芸能裏話 (阿久悠マジック その9、山口百恵に 詩を提供してしまった事)

kage

2014/07/10 (Thu)

【 森昌子・セイントフォー 】

森昌子(せんせい) 森昌子さんの予選での歌声を聴いた 阿久悠さんは 「テレビで初めて放送される 記念すべきスター誕生の最初のスターは 彼女で間違いなく、彼女でなければならない」と考えておりました。

 彼女は オーディションの事を知った祖母が、父親に内緒で 番組に応募したと言われています。
父親は 予選を通過した娘の本大会出場を 断固反対。
阿久さんを始め、番組のスタッフ達の説得が始まります。
優勝もしていない、予選を通過したばかりの昌子さんは 桜田淳子さんの外観から溢れ出るオーラでなく、歌唱力で彼らを虜にしてしまっていたのでした。
貧乏な家庭に育った昌子さんが、「私が稼げば、おかあさんんも 家族も楽に出来るんだよ。」と説得します。
スタッフ以上に、娘のこの言葉に父親は 首を縦に振るのでした。
 

 阿久悠さんにとって、理想とする番組に最もふさわしい人材が 最初に現れるという最高の運にも恵まれた スタートとなります。
そして、淳子さんの登場。
ますます、阿久さんの理想の形の番組からの歌手が、次々誕生する筈でした。

 過去を振り返った時、一番のつまずきは 桜田淳子さんを ホリプロに入れなかったことが 最大の原因かもしれません。
当時の社長の堀 威夫さんは 後に「桜田淳子を獲得していたならば、山口百恵の現在は 無かった」と言っています。
桜田さんを獲得できなかった事で、彼の野望も腰を折られました。
打倒、桜田淳子。
堀 威夫さんも 桜田淳子さんに大きく魅了されていた一人だったのです。

 山口百恵さんは 青春路線から、性春路線に転換した事で 大人たちを心良く思っていなかったことを 後に告白しました。
案の定、天地真理さんや吉永小百合さんを超える人気を獲得し始めた桜田淳子さんの勢いを止めたのが、山口百恵さんであったことは 間違いありません。

 その後、百恵さんには 映画やテレビドラマ等にお金をかけ、2億円近いお金が掛かります。
結果だけ見れば、本来の人気とテレビマスコミの評価は かなり違っていたのでした。
実際、ブロマイドなどの売れ行きは 淳子さんが1位をずっと獲得、百恵さんは 森昌子さんよりも下だったようです。
当時の大学生から下の男の人たちの人気は 桜田さんの方が圧倒的で、まだ、山口さんは その他大勢の芸能人の一人でしかありませんでした。
ところが、テレビやマスコミの扱いは 山口さんの方がいかにも人気あるかの如く取り上げます。
結局、テレビで見る機会が増えたりマスコミが宣伝すればするほど 山口さんは カリスマ的な存在になって行きました。
ホリプロやソニー、そして酒井さんの成長戦略の効果が 成果を観た瞬間です。
こういった方法は、現在のジャニーズやAKBの売り出し方を見ていると あまりにもそっくりで、現在の国民的アイドルの売り出し方の見本というべき方法に 成って行ったのでした。

セイントフォー ここで、お金を掛ければ どんな新人でも光輝くスターになれると言う伝説が生まれます。
例えば セイントフォーは 百恵さんの手法を真似して、お金を倍かけました。
テレビに、映画、マスコミを使って あの手この手です。
しかし、思ったように売れず、後に引けなくなった会社は とことん投資してしまいました。
ところが、大惨敗してしまいます。
かかった金は 40億円だとも言われました。

 同じパターンが、杉浦幸さんや天馬ルミ子さんです。
杉浦さんは そこそこ売れましたが、天馬さんは ピンク・レディーの稼ぎを食い潰すとまで言われました。
結局、誰でも売れるわけではなく、百恵さんは 磨けば光る存在だったと言う事の証明なのかもしれません。

 この時点で、NHKドラマ“水色の時”の作家石森史郎さんの自身が ドラマの為に作った詩に、竜崎孝路さんが曲を付けた“白い風よ”以外、淳子さんのシングル曲の歌詞は すべて、阿久悠さんの手によるものです。

 花の中三トリオは 大人たちの策略や陰謀とは関係なく、仲良くなっていたようでした。
彼女達が唯一共演した映画は 彼女達の希望でもあったようです。
淳子さんの詩を全て作りたかった阿久さんは その映画の主題歌も手がける事になりました。
そうです。
山口百恵さんの歌詞も 作る事になったのでした。 

 その歌手の魅力を最大限に表現する彼の詩の方針は ここでも生かされていたのでしょうか。
そう考えると、彼の三人の娘に対する想いが 聞き分けられる曲かもしれません。

 昌子さんの歌詞は どんどん熟れて行く彼女を もっと阿久悠の世界に連れて行きたい想い。
淳子さんの歌詞は 彼の考えていた彼女の理想形と違う方向へ進んで行く彼女を捕まえておけない もどかしさ。
そしてこの詩が、この時の百恵さんの事を 特に意識して作ったのであれば、百恵さんファンならずとも聞いて置いて欲しいものです。
 私自身は この歌に対し、百恵さんが芸能界で無理をして 大人ぶらなければならなくなっている事を察知した、彼の百恵さんへの同情が聞き取れたと感じたのですが、皆さんは いかがだったでしょうか。



 次回は、山口百恵を とっくに認めてしまっていた事です。




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次回は 阿久悠さんと百恵さんの事を  中三トリオ 阿久さん、百恵さんに惹かれていた 阿久悠さんの想いは どうなる?



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ちょっと芸能裏話 (阿久悠マジック その10、山口百恵を認めてしまっていた事)

kage

2014/07/13 (Sun)

【 日本レコード大賞・紅白歌合戦 】

 花の中三トリオ、この三人は 日本の歌謡史において一際光り輝いていた存在です。
しかし、それぞれ順風満帆の人生では 無かったようでした。

 森昌子さんは 父の反対を押し切る形で芸能界に入り、飛ぶ鳥を落とす勢いで 歌謡界に大旋風を巻き起こします。
そして、その年の新人賞と言う賞を総なめにするのではないだろうかと 誰もが思っていました。
しかし、大手レコード会社や大手タレント事務所などの圧力かテレビ局の考え方なのか、意外な展開となります。

 当時の音楽イベントの最高峰紅白歌合戦、日本のグラミー賞と言われていた日本レコード大賞、この二大音楽番組を追随していたのが日本歌謡大賞で、大人の世界中心であったものの、人気曲を純粋に評価する事に定評のあった全日本有線放送大賞を合わせた四つのイベントに出れる事が、歌い手にとって最大の名誉と考えられていました。

 昌子さんは 有線放送大賞を除けば ほぼ当確だったはずです。
問題が生じました。
今と違い、NHK紅白歌合戦は 夜9時からの番組だった為、当然出演出来る芸能人も少なく、出場出来る事自体が かなり価値のある時代です。
しかし、生放送生出演に固執的であった紅白は VTRという戦術をひどく嫌い、対象年齢に 僅かひと月半足りないと言う理由で、昌子さんを選ぶ事をしませんでした。
史上最年少としての出場は 1歳年をとった翌年の出場で達成します。
(現在の記録は 第62回出場時7歳だった芦田愛菜さんです)
 更に なんとも可哀想な事に 「レコード大賞の最優秀新人賞は 獲らせないよ」と、レコード大賞の審査委員にも宣告されたのでした。
この二つの宣告の後に、日本歌謡大賞で放送音楽賞の優秀新人賞を13歳と言う若さで受賞(最年少)し、涙で歌が歌えなくなります。
この時の彼女の喜びは 一入(ひとしお)だった筈です。
当時の大人達は 年端も行かない子供になんてむごい事を 本人に直接通告していたのでしょうか。
 
 阿久悠さんは 自著『夢を食った男たち』の中で、「山口百恵が、レコード大賞その他の音楽賞を狙える位置にいた時、常にその対極にあって、彼女の受賞を阻んでいたのが、皮肉なことにぼくであった」と記述しておられました。
山口百恵さんが 何曲も大ヒットを飛ばしたにも拘らず、レコード大賞等の大賞は 引退するまで獲れません。
その年々で 彼女の大ヒット曲よりもヒットし、彼女の大賞獲りを阻んだ曲は 全て阿久悠さんの詩だったのです。
“横須賀ストーリー”を“北の宿から”で、“イミテーション・ゴールド”を“勝手にしやがれ”で、”プレイバックPart2”を“UFO”でと。

 桜田淳子さんを理想の女性歌手に育てたかった彼の夢が頓挫し始めた時、彼の野望は 敵対した彼女を倒す為に淳子さん以外で勝負することに変わっていたのでしょうか。
もちろん彼は 意識していなかったでしょうが、生涯最高の出会いをした金の卵から孵った雛を、敵対する圧力や身内の非協力的な扱いによって メチャクチャにされ激怒し、恨みを晴らす為に それら関係者に復讐を果たすと言った構図になってしまいました。

引退発表後の本人生声
 すでにこの時点で、彼は 淳子さんよりも 百恵さんの方に意識が集中し、彼女の存在が淳子さんの存在を遥かに超えてしまっていたのでしょう。
気付かぬうちに 百恵さんの虜になっていたのかもしれません。

 百恵さんは 引退の頃、彼に最後まで認めてもらうことが出来なかったような事を 話しておられましたが、この時にすでに、彼にとって彼女が 認める以上の存在だった事を 察知する事が出来ます。
 

 次回は 阿久悠マジック 百恵の評判、淳子からピンク、真子への事です。




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次回は 淳子さんと百恵さんの事を 阿久さん、百恵さんへの対抗心 阿久悠さんの次の戦略




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