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拉致事件、拉致人質誘拐事件の良き解決を願う

kage

2015/01/31 (Sat)

 【 中山恭子 】

 中山恭子さんを、覚えていらっしゃるでしょうか。
2006年、第1次安倍内閣の内閣総理大臣補佐官に任命された人です。

 小泉政権の2002年に、拉致被害者家族担当の内閣官房参与に就任しました。
名前もあまり聞いた記憶のなかった人が、いきなり重用ポストに就いた時は、女子優遇人気取りの大抜擢かと思われた方が多かったと思います。
しかし彼女は、北朝鮮の拉致被害者を助ける為の拉致問題を担当し、相当な実力を発揮してみせました。
野党の批判もそこのけのけとばかりに、表情からは 読み取れない、とても毅然とした態度で臨みます。
こんな優秀な人が、今までどこに隠されていたのだろうと、不思議に思っていた事を思い出しました。

 それは、私が訪問しているサイト繋ぎたる船に棹差す心地しての ≪ 頭、上がらないよ ≫ と言う記事を読んで、改めて彼女の凄さと政府官僚の事なかれ主義の情けなさを再認識します。
隣国に対する事だけに限らず、今の日本は 触らぬ神に何とやらの逃げ腰外交の最たるものになってしまいました。

 ≪ 頭、上がらないよ ≫ の記事を一部抜粋、載せます。

中山恭子 一九九九年(平成十一年)八月、キルギスで四人の日本人鉱山技師を含む七名が、イスラム過激派に誘拐された。当時、この地域の担当大使は、カザフスタン特命全権大使の中山恭子氏だった。
 この誘拐された日本人を如何にして救出するか、この緊急事態に対する東京からの中山大使に対する外務省の訓電は「犯行現場はキルギスだから、キルギス政府に総て任せよ」であった。
 つまり、この地域の担当大使は何もするな、というのが外務省の指示であった。
 そこで以下、如何にして、中山恭子大使が四人の日本人を救出したかを述べる。

 まず、中山大使は、外務省の訓電どおりキルギス政府に任せておれば日本人は殺されると判断した。
 そこで、外務省の訓電を無視して中山大使自ら、誘拐犯の過激派の頭目に会いに行くことを決断した。
 そして、女性通訳と二人だけで過激派の頭目に会いに行った。
 道案内人達は、途中で恐くなって逃げたという。
 そして、自動小銃を持った子分どもが取り囲むなかで頭目に会う。
 頭目は驚く。女一人が女の通訳を連れて武器も持たずに会いに来たと。
 話の末に頭目は、中山大使の願い通り人質を解放することを承諾し、
 「護衛」を付けて人質と共に市街地に送り届けてくれた。
 

 死を覚悟しての行動に、感服です。
今回のイスラム過激派による人質事件も、ただただ早い良き解決を望むばかりです。


 次回は、アフリエイトより、手っ取り早い儲けを生み出しているネットオークションをしている人達です。

*「お詫び」
前回予告の 「最近の家庭用ゲーム機売れ行き不振の対策の間違いと深夜アニメの話」 は、もう少し後にずらします。



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